「実はねえ、私たちの一番強力な営業ツールってケータイなんですよ」
偶然、乗り合わせたタクシーのドライバーさんは、そう言って運転席に取り付けたケータイホルダーを指差しました。
「ただ流しているだけではお客をつかまえられない」
最近は、GPSカーナビが搭載されているタクシーが増えています。これは、ただの道案内のみならず、予約客にもっとも近い場所にいる空車をあてることで、配車の効率化をはかっているのです。
お客さんをつかまえるのに難儀しなくなった反面、
「うかつにトイレやコンビニ、牛丼屋なんかにも寄れなくなった。GPSで自動的に配車されてしまうから、車から離れられないんですよ。無線の頃は、切っておけばよかったんだけどさ。道路脇に止めて仮眠するなんて、もってのほかになっちゃった」
といった"苦労話"もよく聞くようになりました。なのに、ケータイ?
「ウチらみたいな小さい会社は、カーナビといっても地図データだけのヤツ。予約は無線のままなんですけど、不況でタクシー利用が減ってるところへ、大手さんがGPSで配車しちゃうし、規制緩和でタクシーの台数が増えちゃったもんだから、ただ流しているだけ、駅前につけているだけではなかなかお客さんをつかまえられないんですよ」
ケータイ番号を教えて「常連客」になってもらう
そこで、営業所に近い、自分のテリトリー内に会社や自宅があるお客さんがいると、自分のケータイ番号を教えて、リピーターとなってもらえるように営業するのだそうです。
「個人さんみたいに居酒屋タクシーなんてできないですから、せめて『呼ばれたらすぐにお迎えにあがりますよ』『早朝、深夜でも伺いますよ』『自宅から空港までなど、遠距離の時は便利ですよ』って、本来のサービスの部分でがんばろう、と」
実際、このドライバーさんは、週に1、2回、必ず東京の23区内の自宅から成田空港まで行く常連のお客さんをつかまえているのだとか。
「近距離でもね、覚えてもらってて、何度も指名してもらえると、やっぱり売上がよくなるんですね。気分的にも焦りがなくなるので、運転もより安全に、よりスムーズになるんですよ、不思議なことに」
巨大システムとモバイル端末とが、コミュニケーションの場、ビジネスの現場でせめぎ合う。タクシー業界にも、確実にIT化の波は押し寄せています。
井上トシユキ