「こんなに自分に合う子はほかにいない」
秋になると、ひかりさんと同期の新人たちは一人、二人と辞めてしまい、彼女だけが残った。「ひかりちゃんの面倒をみてあげて」。上司の指示もあって、智さんはひかりさんと仕事の話をたくさんするようになった。
ひかりさんは抜群に仕事ができたが、自分の限界を超えるとパニックになってしまう欠点があった。
「20段の跳び箱をとべる人が、21段になったとたんに激突しちゃうみたいな感じ。あんなに余裕そうだったのに、なんでこれ一つ増えただけでパニックになっちゃうのかな、と思うくらいでした」
パニックに陥って「もうできません」とSOSを出してくるひかりさん。そんな彼女のために、智さんは「この作業は何時間で、この作業は何時間……」というようにスケジュールを組んであげた。すると、さっきまでパニック状態だったのがだんだん落ち着いてくる。結局、計画通りにやってのけて、仕事を完遂することができた。智さんはひかりさんの貴重なサポート役となったのだ。
厳しい会社だったので職場で仕事以外の会話をすることはほとんどなかったが、たまに雑談をするとなぜか波長があった。これまでの人生で「他人とコミュニケーションをとるのが苦手だ」と感じていた智さんにとって、それは不思議な出来事だった。
「それまで僕はどうも、人とうまくキャッチボールをすることができなかったんですが、彼女とはうまくできた気がしました」
こんなに自分と合う子は、後にも先にももういないだろう。そう感じた智さんは、自分の想いを告白するチャンスがくるのをじっと待つことにした。
(つづく)