食品系のメーカーに勤める40代のAさんは自宅で作業をするため、自分のノートパソコンに会社のPCからデータを移すことが頻繁にありました。よくある話です。
ある金曜日、四半期末に向けて報告用のデータをまとめるため、ノートパソコンに営業データをコピーして持ち帰りました。深夜を過ぎた頃、Aさんは今日中に同窓会の出欠を連絡しなければならないことを思い出しました。
自分のノートパソコンのせいで「トンデモナイ事態」が発生
会社へのノートパソコンの持ち込みが思わぬ事態を引き起こすこともある
普段はこのノートパソコンからネットに接続することはしないのですが、思い出したのがすでに夜中。いまさら居間にあるデスクトップを立ち上げるのも億劫です。そこで、自宅回線をノートパソコンに繋いでメールを送りました。
その後もしばらく仕事を続け、明け方になる頃に休み、翌日も仕事を続けて報告をまとめ、週明けにノートパソコンごと会社に持っていきました。さっそく会社のLANに繋ぎ、報告書のファイルを上司に送信し、さあ一段落。
ところが、その日の午後から社内のパソコンに、一斉に不具合が出始めました。パソコンが起動しない、文書作成ソフトの動きがとんでもなく遅い、会社のメールサーバにアクセスできない……。
大慌てで情報システム担当者たちが調べたところ、原因はAさんが送った文書ファイルにくっついていたウイルスと判明しました。主に海外での被害が報告されている珍しいタイプのものです。
しかし、Aさんは自宅でメール送信を1回だけしたものの、ウイルスに感染するような使い方はしていません。とりあえず自宅へ電話を入れ、妻に事情を話して子供たちが触ったりしていないか聞いておいてほしいと伝えました。
トラブルの原因は「中学3年生の息子」に……
その日、帰宅すると、妻と深刻な顔をした中学3年生の長男が居間で待っていました。問いただすと、事情は次のようなものでした。
居間にあるデスクトップは、そもそも長男がパソコンとネットに興味を示したため買い与えたものです。でも、居間にあること、起動時の作動音がすることなどから、パソコンを使っていることは母親や兄弟にわかってしまいます。そのため、後ろめたいことといっ てもせいぜいが某巨大掲示板を見るぐらいで、違法なファイルのダウンロードやエッチなサイトを訪問するといった使い方はできません。
そこへ、日曜日、たまたまスリープ状態のままネットに接続してある父親のノートパソコンを居間で見つけたのです。これ幸いと海外のP2P(ピア・トゥ・ピア)ファイル交換ネットワークへアクセスしました。
目的は、学校の友人の間で話題になっていた日本では未公開の映画のファイルをダウンロードすること。友達に自慢したかった、というわけです。
ところが、この映画のファイルにトロイの木馬型のマイナーなウイルスがついており、ノートパソコンにインストールされていたウイルス検知ソフトの網をかいくぐって感染してしまったのでした。
ウイルス感染がきっかけで「親子の会話」が深まった
Aさんは長男に怒りを感じつつ、自分よりもネットを使いこなしている長男に感心もしました。聞けば、長男は
「エッチなファイルにはウイルスがついていることが多いけど、普通の映画ならそんなことはないと思った」
「学校でもネットやパソコン教育には力を入れていて、使いこなしている友達も多い」
と言います。
そこで、Aさんは、長男の迂闊な行動で会社に大きな迷惑をかけてしまった、会社の仕事に支障が出ると、自分の給料の何倍もの損害を他の社員のみんなに与えてしまうことになるのだ、と長男に諄々と説いたうえで、P2Pネットワークとはどんなものなのかと長男に訊ねました。
怒られてシュンとしていた長男でしたが、水を得た魚のように、嬉々として父親に説明をはじめました。ならばと、一緒になって今回のウイルスについても調べ、その対策についても検索して情報を集めました。
その過程で、きちんとした著作権のあるものは、勝手にP2Pへアップロードすると罪に問われるということも学びました。
「よし、今日わかったことを明日、友達や先生に教えてあげるんだ。これからは勝手にお父さんのパソコンを使ったりしないように気をつけます。ごめんなさい」
すっかり気を良くした長男は、最後には素直に謝りました。
「幸い、被害はそれほど重大なものではありませんでした。会社には迷惑をかけてしまいましたが、親子のコミュニケーションがとれ、僕も息子もネットへのリテラシーがちょっと上がりました。僕のなかでは、雨降って地固まるって感じで、ウイルスに感染してむしろ得ることが多かったですね」
井上トシユキ