ひと頃、流行り言葉のように使われたのが「アウトソーシング」。
「機械やコンピュータにできることはそれらに任せ、人間はもっと生産性の高い業務に集中すべし」といったかけ声が全国的に喧しくかかるなか、大企業はもとより、中堅、中小企業でも管理系の業務にITを利用した新システムの導入が相次ぎました。
「出退勤の管理システム」を試験導入
もちろん、重苦しく続く不況のなかで、当面のコストカットのためになんとしても人減らしをしなくてはならないという、いかんともし難い事情があったことも事実です。
電子部品を製造しているA社は、製品の受注そのものは減らないのですが、価格の値下げをせざるを得ないという状況にありました。
工場の人手を減らさず、人件費などの固定費をカットしなければならない。口で言うほど簡単ではないこの課題に対し、とりあえず本社に近い3か所の工場で、出退勤の新システムを試験的に導入することになりました。
タイムレコーダがLANでPCと接続されていて、自動的に出退勤データが管理ソフトに記録されるうえ、データに基づく給与計算も専用線で結ばれた外部の管理会社がやってくれるというものです。
これにより、わずかではありますが工場の管理部門の人減らしができ、電子的に入退室者が確認されるためカードマンの人数も減らすことができます。ICカードを使ったシステムよりも安価なことも魅力でした。
間違いのたびにPCデータを「修正」しなくてはいけない
ところが、トラブルはすぐにやってきました。
A社の工場は3交代のシフトで稼働していました。一度に300人ほどが出入りするのですが、各シフトで働く人たちが工場に来る時間はほとんど同じでも、仕事を終えた人たちが帰るタイミングはバラバラです。
実は、これまでにもよくあったことではあるのですが、タイムレコーダについている「出勤」と「退勤」のボタンを切り替えず、間違えたままで打刻してしまうケースが後を絶たなかったのです。特に、帰りの人たちが、ボタンが「出勤」の位置にあるままで「退勤」の打刻をしてしまうことが頻発しました。
これまでなら、ガードマンのところに常備されていたホワイトで塗りつぶし、「出勤」と「退勤」のボタンを正しく切り替えて打ち直すだけですみました。
しかし、システム化されてしまっているため、間違いが起こるたびに管理部門の部屋にあるPCのデータを修正しなくてはなりません。それでも昼間なら、内線で連絡して修正を依頼すれば、手間がかかるとはいえ、社内だけでなんとかなります。
困るのは日付が変わる深夜の時間帯です。
ガードマンは警備の業務しかしてくれませんから、いちいち管理会社に自分で連絡しなくてはなりません。当該企業の社員であるとの認証を受け、すでに集計が始まっている前日データを呼び出してもらい、修正してもらうのに軽く20~30分はかかってしまいます。
出勤の人が打ち間違えてしまい、工場の仕事そのものが回らなくなることさえありました。
「動かしてみないと何があるかわからない」
管理会社のほうでも、バラバラの時間に何人もが打ち間違えて、そのたびにいちいち連絡を受けるとなると大変です。
A社では、タイムレコーダの「出退勤ボタン」をよく確認してから打刻するようにと、全社を挙げて呼びかけました。しばらくしてトラブルは減りましたが、それでもなくなることはありませんでした。
結局、試験導入を経て、A社ではICカードを使った管理システムを採用することに決めました。
「試験導入だったのでまだマシでしたが、あのときに一気に全社で導入していたら、今頃はどうなっていたことやら……。電子部品をつくっているということで、コンピュータ・システムには慣れていると思っていましたが、動かしてみないと何があるか本当にわかりませんね。今回ばかりは身に沁みましたよ」
最後は、A社の担当者が苦笑まじりに語ってくれました。
井上トシユキ