オフィスのみならず、流通や生産の現場でもIT化は急速に進められています。あるメーカー系物流企業の役員Aさんは、自社の物流システムを刷新するプロジェクトを任されました。
さらなるシステム改善に迫られる物流企業
「われわれのような物流子会社は、業界再編や長引く不況といった環境変化に対応するため、これまでのような親会社一辺倒の取引から、自前で新規の取引先を開拓していかなくてはならなくなっています。
親会社となら、細かな変更や突然の要請があっても見知った仲ですので、口頭でのやり取りだけでも上手くいっていた。ところが、新規の相手先となると、トラブルとならないよう、契約や日々の取引について書類を迅速に発行したり、配送をリアルタイムで把握、追跡できなくてはなりません」
もともと、物流業界はシステム投資に重きを置いている業界でしたが、競争の激化によりさらなる投資の必要に迫られていたのです。
そこで、大手の物流企業が採用しているような、取引先と自社の物流拠点や管理部門、ドライバーとをネット経由で一気通貫に結び、情報がリアルタイムで共有できるシステム構築を目指しました。
コンサルやシステムベンダーとの折衝を繰り返し、勉強会や展示会などへ参加する一方、同業他社がどのようなシステムを導入しているか、参考のために知己のいる企業へ足を運んで見学させてもらったりもしました。
「ここで見たことは口外するな」
そのなかで、同じような物流子会社や中小規模の独立系物流企業の現状を見て、非常にショックを受けたことがあったといいます。
同じくメーカー系物流子会社を訪ねたときのことです。
「その会社では、同業他社に先駆けて、十数億円もの費用をかけて一気通貫システムをつくっていて、個人的にも親しい仲だったので、もっとも参考にしたいと考えていました」
しかし、いざ訪ねてみると、古い知り合いの担当者から、こう釘を刺されました。
「お前の会社が同じ失敗をしないようにとの老婆心で、今日は見学してもらう。だから、ここで見たこと聞いたことは、とりわけ同業には口外しないでほしい」
いぶかりながらも仲の良い相手の頼みとあって承諾し、現場を見せてもらって愕然としたそうです。
「現場で働く社員やパート、アルバイトが、十数億円のシステムを一切使っておらず、旧態依然としたまま紙の伝票を回し、電話やバイク便、メール便などで連絡をとっていたのです」
十数億円のシステムが「無用の長物」に
原因は、システムそのものの不備ではなく、現場で働く人たちが新しいシステムを使おうとしていないことにありました。
「社員のなかに、コンピュータ・アレルギーをもった人が多く、事務方はともかく、営業や幹部が新システムに慣れようとしない。社員がきちんと説明できず、使おうとしないから、現場で作業をする人も使わない。昔のままのやり方でしか業務が回らない状態でした。その悪循環で、高価なシステムが無用の長物となっていたのです」
この様子を見学したことで、Aさんの会社では
「一気ハイスペックなシステムを導入するのではなく、無駄を省くための必要不可欠な部分から段階的に導入していく」
「社員はもちろん、パートやアルバイトへの教育期間を十分にとる」
ということが再確認されました。
Aさんの会社では、「まだ大手のようなものではぜんぜんない」と言いながらも計画は段階を踏んで進んでおり、それなりの省力化、コストカット効果が出ているそうです。
「見学させてもらった同業他社のほうは、研修、教育を通じた周知と徹底が図られているようですね。その費用がさらにかかってしまったわけですが、十数億円もの投資を遊ばせておく余裕はないでしょうから、背に腹は代えられないのでしょう」
急いてはことを為損じる。わかっているようで忘れがちな経営の要諦の一つです。
井上トシユキ