音とデザイン 第4回 現代アートから「世界の見方」を学ぶ
コンセプター坂井直樹さん×Sumally代表 山本憲資さん
音とデザインについて、各界のキーパーソンはどのようにとらえているか――。日本のプロダクトデザインをリードしてきたコンセプターの坂井直樹さんが、ゲストとの対話を通じて、その問いに迫る対談企画。第4回は、スマホ収納サービス「サマリーポケット」などを展開する、Sumally Founder & CEOの山本憲資(けんすけ)さんです。広告代理店、雑誌編集者を経て起業した山本さんは経営者として手腕を発揮する一方で、現代アートやクラシック音楽などへの造詣が深く、"趣味人"としての一面をのぞかせます。山本さんには、経営者としてのスタンス、現代アートやクラシック音楽への思い入れ、思い描いている未来像をうかがいます。
中国・上海での体験から予測する未来
坂井直樹さん(以下、坂井):山本さんに最初にお会いしたのは、10年くらい前でしたか。起業する前か後か、最初に手掛けたモノのソーシャルメディア「Sumally(サマリー)」の説明を聞いて、面白いと思った記憶があります。一度、以前のオフィスがあった表参道にもうかがいましたね。
山本憲資さん(以下、山本):その時、坂井さんがつくった髑髏の伊万里のセットを見せにきてくださって(笑)。
坂井:そうでしたっけ? よく覚えていますね(笑)。思えば、僕が学生時代に、刺青のプリントTシャツをサンフランシスコで会社を立ち上げて売り出したところがルーツのものです。その延長で10年くらい前に髑髏伊万里のセットをつくりました。1セット30万円でしたけれど、最初はクリエーターを中心に5人が買ってくれました。彼らのおかげもあって次第に人気が出たんです。山本さんが立ち上げたソーシャルメディアの「Sumally(サマリー)」も同じだと思いますが、やはり最初が肝心で、影響力がある人に使ってもらって、広まっていったのではないでしょうか。100万人を超えるユーザー規模にまで到達されたそうで。
山本:ソーシャルメディアの「Sumally」はユーザーが欲しいモノや持っているモノを公開し、それらに対して他のユーザーは「want(欲しい)」「have(持っている)」をつけてコミュニケーションできるサービスです。僕は前職が雑誌編集者。モノが大好きで、モノの百科事典のようなウェブサービスをつくりたい、と思って。それで2010年に起業することにしたんです。
坂井:辛抱強く頑張っていますね。やり続けるって、すごいことだと思います。
山本:ありがとうございます。サービスを立ち上げた当初、いずれはモノを売買できるマーケットプレイス(売り手と買い手が自由に参加できるインターネット上の取引市場)に進化させたい、というねらいがありました。でも、この部分がなかなか思ったようにいかなくて......。そこで何か別の新しい切り口を考えないと、と思っていたところで、2015年に寺田倉庫さんと組んでスタートしたのが、家で収納しきれない荷物などを専用ボックスで預けられる、宅配型の収納サービス「サマリーポケット」です。預けたアイテムは1点から取り出せます。該当のプランを選んでいただくと、預けているモノがスマホ上で閲覧できるようになるので、「スマホ収納サービス」とも呼ばれています。こちらは、うまく軌道にのせることができました。
坂井:ようするに、収納スペースをクラウド化したようなサービスですね。デジタルとアナログ(最近ではオンラインとオフラインと言いますね)が、融合した感じがします。それに関連して聞きたいのですが、山本さんはデジタルとアナログの関係について考えることはありますか?
山本:近い将来の社会の変化に関係してくることなので、よく考えます。それに関係して、僕は昔から旅行が好きで海外にもたびたび出かけていますが、中国・上海で印象的な出来事がありました。
坂井:僕も数年前から中国でビジネスを進めています。山本さんも同じでしょうけれど、昨年はほとんど現地には行けなかったでしょう。
山本:ええ、残念ながら。あの国の、社会の変化のスピードの速さには特に興味があり、新型コロナが流行する前は上海には年に何度も行っていました。現地には「luckin coffee(ラッキンコーヒー)」というコーヒーチェーンがあります。この店でコーヒーを注文するには、まずスマホのアプリを通じて現在地に近い店舗を探す。そして、アプリ上で決済すると、10分ほどで配達員が持ってきてくれる――いわば、宅配コーヒーといったサービスです。その時に思ったのは、宅配コーヒーを注文したというよりも、コーヒーをダウンロードしている感覚に近いな、と。画面上には、あと何分で届くか示すゲージもあって、まるで容量の重いファイルをダウンロードしているような感じがしたんです。「Uber Eats(ウーバーイーツ)」以上に、ですね。
坂井:ははは。うまい表現ですね。
山本:リアルなサービスであるはずなのにデジタルのように感じたのは、上海でタクシー配車サービスの「DiDi(ディディ)」を使った時もそうでした。中国人の運転手さんは、おそらく自分がどこを走っているかも分からずに、ただスマホに示されたルート案内だけに従って運転している。車中の自分は、目的地から目的地にファイル転送サービスで送られる物体――ただのたんぱく質の塊ではないか、と思えてきたんです(笑)。僕が中国語で会話できないから、とくにそう感じたのかなあ。アメリカで配車サービスの「Uber(ウーバー)」を使った時は、運転手さんとちょっとした会話があったりして、人にのせてもらっている感じがあったんですけれど。
坂井:いろんな経験をしているからこその面白い考察ですね。
山本:そんななかで思ったのは、直近の30年はリアルなモノ(物理的な媒体)がデジタル化されて流動性が高まり、効率化が進んだ時代だった、ということです。たとえば、株券やCD、そして貨幣がデジタル化されました。僕が高校生のころなんて、洋楽のCDが日本で買えるのは現地で発売してから2週間後。でも、そんな話はいまや昔。今日では当然のごとく、ストリーミングで、世界中で同時に展開されています。
坂井:たしかに、そうですね。
山本:上海でluckin coffeeやDidiに触れ、ほかにも中国で展開されるサービスの動向を追っていると、この先の30年はリアルなモノがデジタル化される流れは続きながらも、加えてリアルなモノがデジタルデータのように管理されていく時代になるのではないか、と僕は考えています。
坂井:いまのお話はまさに、先ほど説明してくださった「サマリーポケット」に通じるものがありますね。「サマリーポケット」もリアルに持っているけれど、スマホのアプリ上でデジタルデータとして管理している状態ですから。また、自分の持ち物なのに手元にはなく、必要ならば引き出せる――そういう使い方が当たり前になれば、所有の概念が変わっていきそうです。
「サマリーポケット」。スタンダードプランの場合、スタッフが一つひとつ専用スタジオで写真撮影し、データ登録する。撮影されたアイテムは、パソコンやスマホから確認できる