今だからこそ聴きたい、
夏アニメ主題歌(前篇)
新型コロナの影響で、本来であれば春クール(4〜6月)のアニメとして名を連ねていた複数の作品が今期に放送延期されるなど、なかなか慌ただしい様相を呈しているこの夏クール(7〜9月)のアニメシーン。当然ながらそのオープニングテーマ・エンディングテーマも百花繚乱状態! そんな夏アニソン群の中でも今回紹介したいのは、アニソンレーベル最大手の一角、ランティスから発表された3曲だ。『ラブライブ!』シリーズ、『アイカツ!』シリーズ、『THE IDOLM』シリーズと、もはや国民的といえるIP(知的財産)の関連楽曲を手がけると同時に、エッジィなアーティストを多数抱える同レーベルが、今夏、気鋭のアニソンシンガーと新人・ベテランの両声優がそれぞれ「らしさ」を発揮した楽曲を届けてくれている。
奇才ZAQが『ムヒョロジ』に捧げた高速ダンスロック
シンガーソングライター・ZAQ(ザック)の「イノチノアカシ」はアニメ『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所』(『ムヒョロジ』)第2期のオープニングテーマ。
自身が好きなアニソンのエッセンスをすべて投入したと語る『Sparkling Daydream』(2012年)で鮮烈なデビューを飾ったかと思えば、ヒップホップヘッズを自称する彼女ならではのスキルフルなラップと、クラブウケしそうなダブステップトラックで魅せた『OVERDRIVER』(2014年)、渋いドブロギターをフィーチャーするカントリーミュージック的アプローチを試みた『ソラノネ』(2019年)を発表するなど、シンガー、そして作詞家・作曲家・編曲家として多才ぶりを発揮し続けるZAQ。彼女が今回聴かせてくれたのは、新型コロナ禍がなければ開催されていたはずの夏の野外フェス会場でこそ映えそうなダンスロックだ。
ギターの硬質で高速なカッティングと、ボトムヘヴィ極まりないベースラインに否が応にもステップを踏まされ、シリアスなAメロとBメロから、明るいサビへと転調するメロディラインは幸福感にあふれている。また高速ラップでまくしたてるイントロや、深いエフェクトを施し、ほぼ"虫声"と化した自らの歌声を大胆に左右にパンニングするBメロなど、ボーカルの魅せ方・聴かせ方もZAQならでは。ブラックミュージックに軸足を置く彼女には珍しいロック然とした1曲ながら、そのサウンドデザインはまさしくZAQ印としか表しようがない。
もちろん歌詞にもZAQの印は押されている。 1コーラス目のサビのリリックは、
〈君が生きてく意味は 僕の夢になるんだ〉
〈信じる君が信じた僕を 信じたいから〉
〈今思うべき未来へ進もう 泣くな感情〉
「『きみ』と『いみ』」、「『"しんじ"る』と『"しんじ"た』」、「『いま』と『"みら"い』」。ヒップホップ的なマナーに則って細かくライミングすることで、リスナーを強くアジテートするメッセージをスムーズかつリズミカルに響かせることに成功している。
ちなみに2018年放送の『ムヒョロジ』第1期のエンディングテーマは、男女2人の音楽ユニット・ORESAMAの『ホトハシル』。セカンドラインのリズムパターンやクリーントーンの単音カッティングギターをフィーチャーするなど、ある種ベタなブラックミュージックへの目配せを欠かさないエレクトリックなディスコナンバーだった。「ダンス」「リズム」をキーワードに『ムヒョロジ』のストーリー・演出を追ってみても面白いかもしれない。
ZAQ(ザック)シンガーソングライター。2012年、アニメ『未来日記』のキャラクターソングの作詞・作曲・編曲を手がけ、クリエイターデビュー。そして同年10月、アニメ『中二病でも恋がしたい!』のオープニングテーマ『Sparkling Daydream』でメジャーデビューを果たすと、2019年までに18枚のシングルと、3枚のオリジナルアルバムを発表する。また映画『ラブライブ! The School Idol Movie』のエンディングテーマ・μ's『僕たちはひとつの光』や、ライブイベント『Animelo Summer Live 2017 -THE CARD-』のテーマソング『Playing The World』など、さまざまなアーティスト、アニメ、イベントに楽曲提供を行う。そして2020年8月、アニメ『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所』第2期のオープニングテーマ「イノチノアカシ」をリリースした。
楽曲情報
ZAQ「イノチノアカシ」
2020年8月19日発売 / ランティス【収録曲】
1. イノチノアカシ(作詞・作曲・編曲:ZAQ)
2. Closed Ovation(作詞・作曲・編曲:ZAQ)
3. イノチノアカシ(Off Vocal)
4. Closed Ovation(Off Vocal)ハイレゾ
e-onkyo https://www.e-onkyo.com/music/album/lacm24012/
mora https://mora.jp/package/43000152/LACM-24012_HI-24_96/
「陰キャのカリスマ」ニノミヤユイ、初シングルは「闇落ち版『もってけ!セーラーふく』」
声優・二ノ宮ゆいとしても活動する、ニノミヤユイの1stシングル曲『つらぬいて憂鬱』は、自身も出演する『ピーター・グリルと賢者の時間』のオープニングテーマ。作曲・編曲をTom-H(編曲は共作)、作詞をTom-H・TaWaRa所属のクリエイター・hotaruが手がけている。
2020年1月"陰キャのカリスマ"なるキャッチコピーを引っ提げてアーティストデビューしたニノミヤ。彼女は同月発表のデビューアルバム『愛とか感情』において、欅坂46「サイレントマジョリティー」などで知られるバグベアや、湘南乃風・若旦那こと新羅慎二、氏原ワタル(DOES)、佐藤純一(fhána)ら豪華作家陣と、"陰キャのカリスマ"たる自らの内面をとことん見つめる極私的な楽曲群を作り上げ、話題を呼んだ。収録曲は『呪いを背負って生きたいよ』『光なくても』『あどけなさも私の武器にする』などなど。18歳の人気女性声優のものと考えると著しくブライトネスに欠く気はするものの、なんとも刺激的なタイトルが並ぶ。
その彼女が、『けいおん!』シリーズの一連の楽曲を代表作に持つTom-H、なにが生まれたか? 答えはTom-H「闇落ち版『もってけ!セーラーふく』」だった。
『もってけ!セーラーふく』は、神前暁(MONACA)が作編曲したアニメ『らき☆すた』のオープニングテーマ。ド派手なスラップベースから始まるファンク・ディスコトラックに、出演声優陣による言葉遊びに徹したラブリーなボーカルが乗る1曲で、2007年のリリースから13年経った今なお、界隈のキラーチューンとして愛されている。
対する『つらぬいて憂鬱』は、レコードのスクラッチノイズとスラップベースでキックするイントロや、ストリングスとブラスとギターのソロの掛け合いなどは、確かに『もってけ!セーラーふく』にも通ずるファンク・ディスコといった風情。......が、エモーショナルなニノミヤのボーカルにラウドなギターやオーケストラルヒット、さらにツーバスドラムを重ねるサビなどに見られる壁のように分厚い音像は、アニソンに明るい読者ならば納得いただけるだろう、Tom-H。
そしてhotaruによるリリックはしっかり「闇落ち」する。
〈完全聖人になんてなれやしない〉
〈何遍失敗して直りもしない〉
〈また死にたくなる こんな自分、嫌〉
〈独りきりで首絞め合い〉
陰キャのカリスマ・ニノミヤの面目躍如といった言葉の数々が並ぶ。しかもこの曲がオープニングを飾る『ピーター・グリルと賢者の時間』は、おバカでセクシュアルなコメディにもかかわらず、これらの言葉は確かにアニメのある側面に光を当てている。そのミスマッチから生まれる妙味にもぜひ触れてみてほしい。
ニノミヤユイ
2001年9月6日・神奈川県生まれの声優・ボーカリスト。2017年、「次世代声優☆ミラクルオーディション」で特別賞に輝き、翌2018年にテレビアニメ『アイカツフレンズ!』の日向エマ役で声優・二ノ宮ゆいとしてデビューを果たす。そして2020年1月にはアーティスト・ニノミヤユイとしてデビューアルバム『愛とか感情』をリリース。バグベア、カノエラナ、佐藤純一(fhána)、氏原ワタル(DOES)、新羅慎二(湘南乃風・若旦那)らと"陰キャのカリスマ"たる自制的な楽曲の数々を制作する。そして2020年8月19日、自らもルヴェリア・サンクトゥス役として出演するアニメ『ピーター・グリルと賢者の時間』のオープニングテーマ『つらぬいて憂鬱』を発表した。
楽曲情報
ニノミヤユイ『つらぬいて憂鬱』
2020年8月20日発売 / ランティス【収録曲】
1. つらぬいて憂鬱(作詞:hotaru(TaWaRa)/作曲:Tom-H(TaWaRa)/編曲:Tom-H(TaWaRa)・KanadeYUK(TaWaRa))
2. re:flection(作詞:ニノミヤユイ/作曲・編曲:タナカ零)
3. つらぬいて憂鬱(Instrumental)
4. re:flection(Instrumental)ハイレゾ
e-onkyo https://www.e-onkyo.com/music/album/lacm24011/
mora https://mora.jp/package/43000152/LACM-24011_HI-24_96/
アニソンの進化・成熟を感じさせる森久保祥太郎のオトナのロック
本来春クールに全話放送予定だったものの、新型コロナの影響でオンエアを一時休止。7月から再スタートを切ったアニメ『天晴爛漫!』(あっぱれらんまん)。そのエンディングテーマ『I'm Nobody』を歌うのは声優・森久保祥太郎だ。
森久保の約2年半ぶりのシングルの表題曲『I'm Nobody』は、ミドルテンポの正調アメリカンロック。音を汚したアコースティックギターのラフなストロークに、主張しなくとも確実に耳に残るエレキギターのオブリガードが絡み合う中、フェイクを効かせた気怠げなボーカルを聴かせる。このタイムレスな1曲を、2008年のランティスでの音楽活動開始以来の盟友である作編曲家・井上日徳と作り上げた。
楽曲自体はまさにスタンダード。往年の米国ロックに対する誠実なまでのオマージュ。そして19世紀末、漂流ののちたどりついた米国の地でバディを組み大陸横断自動車レースに参加することになった日本人科学者とサムライのロードムービー的アニメ『天晴爛漫!』によく似合う。それだけにこの曲がCDショップの「アニソン」の棚や、配信サイトの「アニソン」カテゴリに並んでいることには大きな意味があるはずだ。
"アニソン"、"アニメソング"という言葉が音楽の世界にすっかり定着して、早何年が過ぎただろう。もはや新しいジャンルではなくなったけれど、アーティスト陣の顔ぶれは、ベテラン声優や大御所作家からハイティーンの新人声優まで、多彩になり、彼らの楽曲は幅広い年齢層に愛されている。そんな中、キャリア十分な森久保が、ここに至って「オトナだから歌えるアニソン」「オトナが聴きたいアニソン」という新しいロールモデルを提示したこともまた、ジャンルの成熟ぶりを示す証拠といえるだろう。しかも彼はこれまでヘヴィロックやデジロックなど「2000年代以降」の趣を持つロックを指向してきた人物。「ロックを歌う森久保祥太郎」像を拡張させたという意味でも「I'm Nobody」は注目したい1曲だ。
また森久保の手によるこの曲の言葉たちも見逃せない。Bメロの終わり、「さあ、サビだ!」というタイミングで「sing along」(一緒に歌おう)とも聞こえる「進化論」と歌うなど、歌詞本編にも彼一流の小技が散りばめられているが、何より気になるのがタイトル。
「I'm Nobody」=「オレは何者でもない」。Wikipediaの当該ページを眺めてみれば瞭然だが、森久保のフィルモグラフィはド派手の一語。数々のビッグタイトルの主要キャラクターの声を担当している。「森久保祥太郎」という名前はアニメ・アニソン界隈のひとつのブランドだ。それなのに彼はなぜこの最新楽曲に己の在りようを皮肉るネーミングを施したのか。ここにもオトナの余裕や遊び心が垣間見える。
森久保祥太郎(モリクボショウタロウ)
2月25日・東京都生まれの声優、俳優、ボーカリスト。1996年の声優デビュー以来、『メジャー』シリーズの茂野吾郎、『NARUTO -ナルト- 疾風伝』の奈良シカマル、『弱虫ペダル』シリーズの巻島裕介など、さまざまなアニメの主要キャストの声を担当するほか、『おはスタ』などバラエティ番組でも活躍。また21世紀に入って以来、音楽活動も積極的に展開しており、2008年からはランティスから10枚のシングルと3枚のオリジナルアルバム、2枚のミニアルバム、1枚のベスト盤をリリースしている。2020年9月16日にはニューシングル「WAY OUT」を発表する。
楽曲情報
森久保祥太郎「I'm Nobody」
2020年7月21日発売 / ランティス【収録曲】
1. I'm Nobody(作詞:森久保祥太郎/作曲・編曲:井上日徳)
2. PANIC KITCHEN(作詞:森久保祥太郎/作曲・編曲:井上日徳)
■筆者:成松哲(なりまつ・てつ)
1974年大分県生まれ。ライター。音楽ナタリー編集部を経て独立。「リアルサウンド」「アニソンぴあ」などのウェブメディア、雑誌で音楽、アニメを中心にさまざまな分野でインタビューやコラム執筆を手がける。著書に『バンド臨終図巻』(共著。河出書房新社/文春文庫)など。
Twitter:https://twitter.com/narima