デビュー15周年を迎えた澤野弘之。
劇伴作家として、SawanoHiroyuki[nZk] ではアーティストとして、ドラマティックなサウンドでロマンティシズムとグルーヴ感を追求し続ける
アニメ『進撃の巨人』『機動戦士ガンダムUC』『プロメア』など、さまざまな映像作品のサウンドトラックを手掛け、幅広いフィールドで活躍する劇伴作家、澤野弘之。2014年からはボーカルプロジェクトSawanoHiroyuki[nZk](サワノヒロユキヌジーク)としての活動でも高い人気を集めてきた。
作家として、そしてアーティストとして、壮大なスケール感と迫力、そして神秘性をあわせもつ独自の音世界を追求してきた彼。その軌跡は活動15周年を記念したベストアルバム『BEST OF VOCAL WORKS [nZk] 2』にも刻み込まれている。
今回のインタビューはSONY Just earのコラボレーションモデルの発売に合わせて行われたもの。彼自身の音楽のルーツや制作の裏側に加え、Just earとの出会いや使い心地についても話を聞いた。
ルーツはJ-POPと劇伴音楽
――劇伴作家デビュー15周年、そしてベストアルバム『BEST OF VOCAL WORKS [nZk] 2』(2020年4月発売)が完成しての感慨はどんなものがありますか。
15周年というのをそこまで意識していたわけではないんですけれど、それでもこうした機会でベストアルバムを出してもらえることになって。楽曲を振り返ると、いろいろな作品に携わってきたからこそ、今の自分の音楽活動があるんだなというのをあらためて感じます。
――澤野さんの活動のスタイルはとてもユニークですよね。劇伴(映画やドラマ、アニメなどの劇中音楽)作家としての音楽制作と、ボーカルプロジェクトSawanoHiroyuki[nZk] としてのアーティスト活動を両立している。こういう活動の仕方に至った最初のきっかけはどういうところにあったんでしょうか。
もともと自分自身、CHAGE and ASKAのASKAさんや小室哲哉さんに憧れて音楽を始めるようになったので、歌詞のある楽曲(ボーカル曲)を作ること、それをパフォーマンスすることには強い興味があったんですよね。その一方で劇伴音楽の魅力にもハマっていて、その二つの気持ちをずっと持ったままプロになった。なので、初期に携わったサウンドトラックでもボ-カル曲を入れるアプローチをしていました。『医龍』という作品が最初だったのですが、自分としてはボーカル曲が劇中で流れることが作品のフックになるんじゃないか、そこからサウンドトラックに興味を持ってもらえるきっかけになるんじゃないかという思いがあって。するとその曲がドラマの中でいいかたちで使われて、視聴者からも反響があった。そこからアニメ作品でもボーカル曲を入れてみるようになって。次第に劇伴音楽だけではなく、アーティストとしての活動ができたらいいな、という気持ちが強くなったと思います。
ニューアルバム『BEST OF VOCAL WORKS [nZk] 2』
――澤野さんの音楽のルーツには、J-POPと劇伴音楽の2つがあるということですが、劇伴音楽のルーツはどういったところにあるのでしょうか?
最初は久石譲さんや坂本龍一さんでした。その音楽に感銘を受けて、劇伴音楽をやっていこうと思いました。その流れとして菅野よう子さんにも影響を受けて。ほかにはハンス・ジマーやダニー・エルフマンといったハリウッド映画の作曲家ですね。彼らの音楽を通してハリウッドのサウンドの作り方を自分なりに吸収するべく影響を受けた部分があります。
――他にも影響を受けた、自分のルーツと言えるアーティストはいらっしゃいますか。
洋楽だと一番大きいのはエアロスミスですね。中学生でバンドを始めようと思っていたころ、知り合いがエアロスミスの『ゲット・ア・グリップ』というアルバムを貸してくれたんです。それまでもB'zをカラオケで歌っていたり、ボン・ジョヴィとかMR.BIGを聴いたりしていたんですけれど、アメリカン・ロックで一番衝撃を受けたのはエアロスミスだったと思います。その後もたとえばニッケルバックのようなアメリカン・ロックやここ最近のフォール・アウト・ボーイのようなバンドサウンドと打ち込みをうまく融合して活動している人たちにも影響を受けているところはありますね。
ライブが制作のモチベーションに繋がる
――ここ5、6年はボーカルプロジェクトSawanoHiroyuki[nZk]の活動が活発になっています。このプロジェクトは澤野さんの中でどういう位置付けになっているんでしょうか。
スタートのときは本当に単純で、「歌モノに重点を置いたプロジェクトをやりたい」ということだったんです。歌モノの曲をいっぱい作れたらいいなと。その気持ちは今も変わらないですが、徐々にパフォーマンスも含めたアーティストとして活動する意味合いが大きくなってきた。それまでは作曲家として作品に関わっていたのですが、今ではひとりのアーティストとして、自分がプロジェクトを通してどういう表現をしていくかという部分が重要になってきていると思います。
――自分が裏方ではなく発信する主体として音楽を作っていく意識になった。
そもそもASKAさんや小室哲哉さんといったアーティストに影響を受けたのも、音楽だけでなく、その人の影響力や存在に魅力を感じたんです。久石譲さんや坂本龍一さんも、裏方というよりも、ひとりの作家やアーティストとして活動している。なので、自分が劇伴音楽を作っているときも、ただの裏方というよりは、一つひとつの作品を自分のアルバムを出す感覚で作っていたんです。サウンドトラックというカテゴリではあるけれど、澤野弘之の作った音楽を認識してもらいたいという気持ちがあった。それがより強くなっていったことが今のボーカルプロジェクトに繋がっていると思います。
――SawanoHiroyuki[nZk]のライブではリスナーの顔が見える、反響がその場で感じ取れる経験も多かったかと思います。そのことが音楽制作に影響したことはありましたか。
それはもう、大いにあります。ライブをやる前は、あくまで作品のための音楽として、そこに自分がどうアプローチするかに集中していたんですけれど、ライブでは、バンドメンバーやボーカリストとセッションして、お客さんがのってくれたり、叫んでくれたりする。そうした反応を見ることが、次の作品づくりへのモチベーションに繋がるようになった。もちろん作品のために音楽を作っているのはベースですが、それに加えてライブでの反応も意識するようになった。それは大きいと思います。
――かえってくる反響、顔や動きが思い浮かぶということですね。
そうですね。お客さんがどんな風にリズムをとってのってくれてるのか、ボーカリストやバンドメンバーを含めた自分たちがその音楽にどうのるのか、ボーカリストがお客さんにどんな風に声をかけるのか。そういう映像を想像しながら曲を作るようになりました。
格好いい、面白いと思ってもらえる曲になればいい
――ベスト盤『BEST OF VOCAL WORKS [nZk] 2』は2枚組ですが、どういったコンセプトや狙いで構成したのでしょうか。
ディスク1のほうは5年前に出した『BEST OF VOCAL WORKS [nZk]』と同じようなセレクトの仕方で、サウンドトラックとして作らせてもらった中の主要なボーカル曲や、西川貴教さんや、Do As Infinityといったアーティストの方に提供した曲、自分のライブで重要になっている曲を入れられたらいいなと思って選曲しました。 ディスク2には、自分にとってすごく大事な音楽活動の一つになっているSawanoHiroyuki[nZk]の活動が始まって6年近く経つこともあり、15周年のタイミングでこれまでSawanoHiroyuki[nZk]がやってきたことをもっと皆さんに聴いてもらえればと思って選んだ曲が入っています。
――澤野さんの作家としての側面とアーティストとしての側面が、わかりやすく2枚のアルバムにまとまっている。
そうですね。作家としての活動とアーティストとしての活動が、それぞれディスク1とディスク2になっています。ただ、音楽的な部分ではそこまで違うことをしているわけではなくて。どちらも、基本的には自分がそのときに追求したいサウンド、聴いてもらいたいメロディをやっているのは変わりない。立場が違うことで見え方が変わるような並びになっていれば面白いんじゃないかと思います。
――アルバムを通して聴くと一貫性があり、澤野さんの個性が色濃くあらわれていると思います。どういうところが音楽性やサウンドの軸になっていると思いますか?
基本的には、エンターテインメント性を持った音楽を作りたいという気持ちは変わらずにありますね。それは歌詞がある、ないにかかわらずです。メロディや展開を通して、みんなが聴いて単純に格好いい、面白いと思ってもらえる曲になればいいなと思って自分なりに追求しています。それと同時に、今の自分には海外の音楽が大きな影響源になっていて、向こうのサウンドを吸収して、それをどう消化して自分の音楽にするか。それが重要になっていると思います。
――たしかに聴き応えとしては、ある種の神秘性や壮大さ、ロマンティシズムを持った楽曲が中心になっているように感じますが、そういった楽曲はどんな感性から生み出されてくるのでしょう?
ロマンティシズムに関係するのかわからないですけれど、僕自身が、物凄く明るい曲を書きたいとあまり思わないことがあるのかも知れないですね。どこかしら影がある、悲しみが感じられるようなものを、メロディやサウンドに落とし込みたいと思うことが多い。なので、自然とそう感じられる曲ができてしまうというところはあるかも知れません。
ライブでは低音が、リスニングでは音の広がりが生きるJust ear
――ここからは澤野さんの普段のリスニング環境やJust earについての話も聞かせてください。まず、Just earを知ったきっかけは?
2、3年前ですね。お話をいただく前は知らなかったんですが、ライブで使うイヤモニとしてすごく効果的なイヤホンがあるというのを聞いて、使い始めました。
――最初はライブの現場で使っていたんですね。第一印象はいかがでしたか。
自分の好きなチューニングにカスタマイズできるのが魅力的に感じました。それまでライブで使っていたイヤモニは低音がちょっと物足りないと思っていたところがあって。自分自身を盛り上げるためにも低音が欲しかったんです。ですからJust earは低音を押し出すことを意識して作ってもらいました。ライブでも自分のテンションをあげるのにうまく作用してすごく良かったです。
――Just earは耳穴の型を採取して作るイヤホンということで、イヤモニとしての効果も高かったのではないかと思います。
そうですね。密閉されるので音に集中できるんです。お客さんの反応が聞こえにくくなる部分はあるんですけれど、それでもバンドと一緒にセッションしている臨場感が感じられて演奏もやりやすかったですね。
――今回は再びJust earを作られたそうですが、こちらはどういった経緯で?
Just earのお客さんの中に、僕の音楽を聴くために作る方が少なからずいらっしゃるそうで、新たにコラボのモデルを作るのはどうですか? というお話をいただいて。僕自身も前回はライブでイヤモニとして使用することに特化したチューニングをしたので、今回は一般のリスナーも含め、日常で音楽を聴く前提で、心地よいもの、テンションが上がるようなチューニングをしていただきました。
――前回がステージ用、今回がリスニング用でのチューニングをした、と。方向性の違いはありましたか。
やっぱりライブでは、音を体感したいから音量が大きくなるんですよね。そうすると低音を強めに出してもらってもバランスよく聴けるんです。でも普段のリスニングでは爆音で聴くというよりはせっかく密閉して外界の音を遮断しているのだから、程よい音量で広がりや低音感を感じられるような音になったほうがいいなと思ったので、そのあたりを意識してチューニングしていただきました。
――今回作ったモデルでご自身の楽曲を聴いた感触は?
普段から、ミックスするときには「どうサウンドに広がりをもたせるか」をエンジニアと一緒に試行錯誤して追求している部分があって、Just earで聴くと、その音の広がりとかがよく感じ取れます。自分のイメージしている通りの音が聞こえる。ミックスした時にも、いい形でイヤホンを通して聴ける。その感じがすごくよかったです。
――今おっしゃったように、澤野さんの音楽には空間描写の広がりの要素がありますよね。いろんな音がいろんな場所で鳴っていて、結果としてひとつの壮大な世界を描く曲が多い。音の解像度が高くて、それだけに生々しく聴こえるタイプの音楽という印象があります。
自分自身、そういうものを追求している感じがありますね。作曲の段階で細かい音を入れたりもします。普通に聴いていたら聞こえないような音でも、それがグルーヴの一つの要素として重要だったりするので、ミックスの時にも微々たる量の調整をしている。そういうところがグルーヴ感や音の広がりに作用していると思うので、そのあたりを気にしてミックスしているというのはありますね。
ハリウッドの映画音楽から新たな刺激
――リスナーとしての澤野さんは普段音楽をどのように聴いていますか。
海外のサウンドに影響を受ける部分があるので、幅広いジャンルを聴いているというよりは、そのときのトップチャートで入ってくるような曲を聴くことが多いですね。POPなサウンドが好きだったり、エアロスミスに影響を受けたというのがあるので、最近はバンドサウンドと何かが融合しているような音作りが好きで。そういうものを中心に聴いています。それ以外にも、ハリウッド映画の音楽はサウンド面で常に格好いいことをやっているので、その時に興味ある映画のサウンドトラックがどういう音で作られているのかと思って聴いたりしています。去年の後半に毎日のように聴いていたのは、ディズニー映画の『くるみ割り人形と秘密の王国』エンドソングでアンドレア・ボチェッリの「フォール・オン・ミー」という曲ですね。映画の余韻と共に聴いたから余計にそう思ったのかもしれないですけど。ピアノと歌だけで淡々と始まって、オーケストラが重なって、淡々と繰り返していたメロディが最終的にすごくエモーショナルに聴こえてくる。そこにすごく感動しちゃって、ずっと聴いていました。
――ここ最近の映画音楽、ポスト・クラシカルといわれる分野はどんどん進化していますよね。より音響的な、より新しい解釈のオーケストレーションが生まれている。
そうですね。ハンス・ジマーがあれだけの存在感を築いたのも、それまでのハリウッド映画の概念を崩したからだと思います。たとえばジョン・ウィリアムスのような人が作っていた正統派のオーケストラとは真逆のことをやった。打楽器の存在感を押し出してシンセサイザーのグルーヴとあわせて鳴らしたりした。それまでのハリウッド映画の音楽がそこから変わって、今はいろんな進化を見せている。そこには毎回いろんな作品を見て刺激を受けます。
――音楽を聴くときはどんなところを意識して聴くことが多いですか。
普通に「おもしろそうだな」って聴いている音楽はみなさんと変わらないと思います。鳴っている音やメロディを単純に「好きだな」って思う感覚でしかなくて。ただ、自分なりに何かを得ようと思って耳をそばだてている時に一番意識するのは、サウンド、音色、それとリズムやグルーヴの部分ですね。横に揺れている感じだったり、裏拍が強調されていたり、そういう感覚を意識して聴いたりします。リズム以外でも、細かく鳴っているシーケンスのどこを強調するとグルーヴ感が出るかというようなところもある。それが結果的にサウンドにも影響すると思うんです。
――ちなみに、今、音楽活動の中でもっとやりたいこと、もしくは音楽以外で興味を持っていることはありますか?
やっぱり映画に興味があって。それもエンターテインメントとして楽しんでるだけではなく、結局そこで流れている音楽から刺激を受けたりして、今やっていることにつながったりはしますね。音楽活動では、今やらせていただいてることをより広げていきたいというのはありますね。いろんなかたちでライブもやってみたい。たとえば去年は東京と大阪のビルボードライブで生演奏だけのコンサートをやって、そこで新しい刺激もあったので。いろんな見せ方も追求していきたいなと思います。
――では、最後に。澤野さんのモデルのJust earを試してみたいという方、ファンの方へのメッセージをいただければ。
僕自身は基本的に楽曲の低音感、サウンドの広がりを重視して楽曲を作っているところがあるので、Just earを通してその部分をより鮮明に聴いてもらえればと思います。きっと、普段は聴こえなかった音、気付かなかった音にも気付くと思うので。そのあたりも楽しんでもらえたら嬉しいなと思います。
【プロフィール】
澤野弘之(サワノヒロユキ)
1980年生まれ、東京都出身。作曲家、編曲家。2005年にデビュー。06年『医龍』シリーズの挿入歌で注目を集め、その後、NHK連続テレビ小説『まれ』、アニメ『アルドノア・ゼロ』『進撃の巨人』『機動戦士ガンダムUC』など、多くのドラマ、アニメ、映画など映像作品のサウンドトラックの制作、アーティストへの楽曲提供や編曲などを手掛ける。14年にはボーカル曲に重点を置いたSawanoHiroyuki[nZk]の活動を開始。様々なアーティストと共演し、アルバム制作やライブ活動を展開している。最新アルバム『BEST OF VOCAL WORKS [nZk] 2』が発売中。
取材・文 柴 那典
撮影 西槇太一