〔 音とデザイン 第3回 〕
美しさにはデザイナーの「生命観」が問われるコンセプター坂井直樹さん×デザインエンジニア山中俊治さん
全体を見る、細部にこだわる――行ったり来たりしながら考えよう
坂井:それでは、そろそろまとめに入りたいと思います。山中さんは2013年から東京大学生産技術研究所に来られましたが、山中さんの研究室ではどんなテーマに取り組まれていますか?
山中:義足のデザインも続けているほか、医療器具のデザインには関心をもって取り組んでいます。テーマは「マスカスタマイゼーション」です。マスカスタマイゼーションとは、マスプロダクション(大量生産)とカスタマイゼーション(特注生産)を掛けわせた言葉。要するに、個々人のニーズに合った製品を、大量生産のように生産性よくつくるという考え方です。
坂井:マスカスタマイゼーションの例を挙げると、ナイキではスニーカーのデザインは共通でも、カラーリングは自分が好きなように選べるサービスがあります。先ほどお話に出た義足もそうだと思いますが、義足のようなプロダクトではそれぞれの人にフィットする細かな調整(カスタマイズ)が求められそうですね。ちなみに関連するところでは、ソニーのカスタムイヤホンの「Just ear」もその一種と言えそうです。エンジニアが耳の型をとって自分の耳に合うイヤホンに仕上げてくれて、音質も調整しくれる。僕は気に入って使い続けています。
山中:マスカスタマイゼーションを製品として実現している一つの例と言えますよね。「Just ear」は今度ぜひ試してみたいと思います。
坂井:マスカスタマイゼーションによって、モノづくりはどう変わりますか?
山中:マスカスタマイゼーションの製品は、コスト面が課題になります。そのとき、カギとなるのが、立体的な造形物を手軽につくれる3Dプリンターです。ちょっとした仕様の変更もしやすい3Dプリンターがあれば、短時間で安価にプロダクトをつくることができる。そうすれば、個々人の調整が必要な医療器具の分野でも、美しくデザインしたプロダクトをビジネスとして展開できるようになるでしょう。
SONY「Just ear」
坂井:デザインの在り方にも変化が生まれそうですね。
山中:大切なのは、デザインのフォーマットをつくる「メタデザイン」という考え方だと思います。メタデザインは、カスタマイズするときのルールを用意するとか、ある部分は共通デザインだけどカスタマイズできるところを残しておくとか――つまり、一つひとつを完璧にデザインするのではなく、一定のルールのもとで自由にデザインしていく手法です。そういう"メタ"な部分をデザインすることが現在のトレンドで、僕もその重要性を感じています。
坂井:とはいえ、山中さんとして、いくら「メタデザイン」でもこだわりたいこともあるのではないですか?
山中:もちろん。デザインには全体を貫くコンセプトがまずあって、同時に細部を考えていくものです。僕自身はこれまで、細部の仕上がり、ディテールには時間をかけ、こだわってモノづくりをしてきました。神は細部に宿るもの。全体コンセプトがネジ1本にも宿る――その感覚はこれからも大事にしたい。メタデザインにも同じことが言えると思います。全体を見ること、細部にこだわることを行ったり来たりしながら考えていく。どちらかだけ突き詰めても、中途半端なものになってしまうので。それって、坂井さんから教わった、夢や理想を掲げて全体像から考えていく――コンセプトワークを大事にする、ということに通じます。やはり、坂井さんの影響は大きかったですね。
坂井:山中さんのデザインに対する深い愛情、これからのデザインの在り方をうかがって非常に勉強になりました。また、「Be-1」「パオ」「O-product」の話も出て懐かしかったです。今日はありがとうございました。東京大学でのプロジェクト以外にも、山中さん個人で取り組まれている仕事もありますから、そちらも楽しみにしています。またぜひ、僕たちを美しいデザインで驚かせてください。