タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」秦基博「コペルニクス」
「人は変わる」劇的なアルバム
音楽の聴き方がCDから配信へと変わって行く中で何よりも気になってしまうのは"アルバム"という概念が希薄になっていることにある。一曲一曲単体だけでは味わうことのできない音楽の"作品性"。一曲目から最後の曲までそれぞれが意味を持ち一つのストーリーを作り出している。全体を通して聞いてこそ作者の意図が伝わってくるからだ。
2019年12月11日に発売された秦基博の4年ぶり6枚目のアルバム「コペルニクス」は、まさにそういう聞きごたえのある作品だった。
「コペルニクス」(初回限定盤、ユニバーサルミュージック、アマゾンサイトより)
「作る」というより「浮かんできた」ものを書く
秦基博は2006年、シングル「シンクロ」でデビューしたシンガーソングライター。その時のキャッチフレーズは"鋼と硝子で出来た声"だ。鋼のようにざらついていて硝子のように壊れそうで儚い。すでに20代の半ばを過ぎていたデビューは決して時流に乗ったとは言い難かった。しかもスタイルは生ギターの弾き語りだ。デジタルなダンスミュージックが席巻するシーンの中では圧倒的に少数派。それでも様々な形でのライブを続ける中で聞き手を増やしていった。茶の間にブレイクしたのが2014年に出た映画「STAND BY ME ドラえもん」の主題歌「ひまわりの約束」だったことは記憶に新しい。
新作アルバム「コペルニクス」は、「ひまわりの約束」が収められた前作「青の光景」から丸4年ぶり。彼のキャリアの中では最も間隔が空いた。ただ、その間には、2016年の10周年での初の全国アリーナツアー、初の横浜スタジアム公演、更に初となったベストアルバム「ALL TIME BEST」は、これもシングル、アルバムを通して初めての一位を記録した。そんないくつもの"初体験"を記録した後に作られたアルバムがこれである。
彼は筆者が担当しているFM NACK5「J-POP TALKIN'」(12月21日・28日放送予定)でアルバムの制作意図についてこう言った。
「デビューしてからの10年は自分の想いをどんな風に音楽に出来るかをずっと模索していたんだと思います。でも、ベストや横浜スタジアムをやったことで作り上げたものや音楽の作り方を客観的に見ることが出来た。一回、壊してみてもいいのかなと思えた。締め切りも設けないで、"作る"というより"浮かんできた"ものを書くという作り方をしてみました」
音数は少ないが音像は大きい
タイトルは「コペルニクス」である。地球は止まっていて太陽が動いているのが宇宙だとされていたそれまでの「天動説」に対して、動いているのは地球の方だという「地動説」を唱えて抹殺された科学者。「それでも地球は回っている」という最後の言葉は有名だ。
つまり、180度反対の角度から物を見ると言う発想の転換。アルバムには冒頭に「天動説」、後半の始まりに「地動説」と題されたインスツルメンタルが入っている。同じメロディーを違うアプローチで演奏するとどうなるか。そんな流れは、タイトルが単なる思い付きではないことを物語っていた。
何よりも音の全体像がこれまでと違う。つまり"音像"である。メロディーやリズムも含んだその曲の音。使われている楽器やそのアンサンブル。"空気感"と言ってもいい。
基本は生ギターと歌、だ。
でも、そこに終始していない。それだけを強調していない。むしろその逆と言った方が良さそうだ。生ギターとは対照的なシンセサイザーの電子音、そして、ストリングスがそこに重なって行く。ドラムとベースというリズム隊が下を支えている。でも、歌とギターを邪魔しない。反対にそのことが生ギターと歌の存在を引き立ててゆく。シンセサイザーとストリングスの宇宙的な広がりとリズム隊の重さが大地に根差した力強さを感じさせる。エレキギターが使われていないのも一つの特徴だ。ダンスミュージックに対しての挑戦のような曲もある。
一番素朴な音の存在感を出すために異質な音を加えてゆく。音を"足す"のではなく"余白の詩情"を作り出すために、だ。音数は少ないにも関わらず音像は大きく余白がある。
それは確かに"コペルニクス的転換"と言っていいだろう。
そうした"音"の話しで終わってしまってはシンガーソングライターのアルバムを語ったことにはならない。
アルバムだから表現できること
デビュー10周年を超え、2020年には40代になろうという年齢ならではのラブソング。先行シングルになった「Raspberry Lover」は、"その粒が毒入りだって構わない"と歌う危険な恋の歌だ。シンセサイザーが遠い記憶を呼び覚ますような「LOST」やアルバムの中で一番古い曲だという「花」は、若い頃には感じようもない喪失感が歌われている。
世の中の流行トレンドに対して「踊らされたくない」と歌う「アースコレクション」は最も冒険的な一曲だ。星座の名前を織り込んだ「9inch Space Ship」は、9インチのスニーカーで宇宙へ歩いてゆく、という男の子のファンタジー、恋人同士のセックスを連想させる「漂流」は、官能的な内容をタイトなリズムがクールに相対化してゆく。どの曲も精密な設計図に基づいていることが伝わってくる。
なぜ、この曲順なのか。
アルバムならではの締めくくりが最後の曲「Rainsongs」だった。彼は番組の中で「2019年の自分がどんな風に暮らしているか、曲のスケールを崩さずに書ければと思った。親の世代から色んなものをもらってきて、自分が次の世代に何を手渡して行けるかを考えるようになってます」と言った。
「Rainsongs」には、こんな歌詞があった。
"もう子供たちの未来を かつての子供たちが奪わぬよう ただ渡せたらと思っている 僕が受け取ったもの 同じように 君にも"
青年が大人になる。
その自覚は、"次世代"を意識したことで始まるのだと思う。"もらう側"から"与える"側へ。"受け止める側"から"渡す側"へ。それも「コペルニクス」的転換ということになるのかもしれない。
人は変わる、変わることで成長してゆく。
アルバムだからこそ表現できる。
そんな劇的な一枚が誕生した。
(タケ)
タケ×モリ プロフィール
タケは田家秀樹(たけ・ひでき)。音楽評論家、ノンフィクション作家。「ステージを観てないアーティストの評論はしない」を原則とし、40年以上、J-POPシーンを取材し続けている。69年、タウン誌のはしり「新宿プレイマップ」(新都心新宿PR委員会)創刊に参画。「セイ!ヤング」(文化放送)などの音楽番組、若者番組の放送作家、若者雑誌編集長を経て現職。著書に「読むJ-POP・1945~2004」(朝日文庫)などアーテイスト関連、音楽史など多数。「FM NACK5」「FM COCOLO」「TOKYO FM」などで音楽番組パーソナリテイ。放送作家としては「イムジン河2001」(NACK5)で民間放送連盟賞最優秀賞受賞、受賞作多数。ホームページはhttps://takehideki.jimdo.com/
モリは友人で同じくJ-POPに詳しい。