タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」秦基博「コペルニクス」
「人は変わる」劇的なアルバム
音数は少ないが音像は大きい
タイトルは「コペルニクス」である。地球は止まっていて太陽が動いているのが宇宙だとされていたそれまでの「天動説」に対して、動いているのは地球の方だという「地動説」を唱えて抹殺された科学者。「それでも地球は回っている」という最後の言葉は有名だ。
つまり、180度反対の角度から物を見ると言う発想の転換。アルバムには冒頭に「天動説」、後半の始まりに「地動説」と題されたインスツルメンタルが入っている。同じメロディーを違うアプローチで演奏するとどうなるか。そんな流れは、タイトルが単なる思い付きではないことを物語っていた。
何よりも音の全体像がこれまでと違う。つまり"音像"である。メロディーやリズムも含んだその曲の音。使われている楽器やそのアンサンブル。"空気感"と言ってもいい。
基本は生ギターと歌、だ。
でも、そこに終始していない。それだけを強調していない。むしろその逆と言った方が良さそうだ。生ギターとは対照的なシンセサイザーの電子音、そして、ストリングスがそこに重なって行く。ドラムとベースというリズム隊が下を支えている。でも、歌とギターを邪魔しない。反対にそのことが生ギターと歌の存在を引き立ててゆく。シンセサイザーとストリングスの宇宙的な広がりとリズム隊の重さが大地に根差した力強さを感じさせる。エレキギターが使われていないのも一つの特徴だ。ダンスミュージックに対しての挑戦のような曲もある。
一番素朴な音の存在感を出すために異質な音を加えてゆく。音を"足す"のではなく"余白の詩情"を作り出すために、だ。音数は少ないにも関わらず音像は大きく余白がある。
それは確かに"コペルニクス的転換"と言っていいだろう。
そうした"音"の話しで終わってしまってはシンガーソングライターのアルバムを語ったことにはならない。