Just ear 購入レポート(後編)
"究極のパーソナルオーディオ"の完成

レポート:柴 那典


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   "いい音"って、なんだろう。

   「Just ear」の購入は、そんなことを考えるきっかけでもあった。

   自分の耳型を採取し、その形状にあわせて製作するテイラーメイドイヤホンのJust ear。購入しようと思った理由は、シンプルに、できるだけ"いい音"で音楽を聴きたいと思ったから。Just ear には、プロの音響エンジニアが自分好みの音楽や聴き方をヒアリングして最適な音を調整してくれるモデルがある。ならば、音楽に携わる仕事をしている人間として、そして一人のリスナーとして、それを手に入れたい。

   そんな風に思っていたのだけれど、実際に購入して実感した。確かに、これはすごい。

   今まで使ってきたどんなイヤホンよりも、臨場感があって、音の分離がよく、クリアに、音楽の"鳴り"を細部まで感じることができる。特にハイレゾ音源を聴けば明白だが、普段使いのスマートフォンでストリーミングサービスの楽曲を聴いても、違いがわかる。没入する感覚があって、音楽の体感が変わる。なるほど、"究極のパーソナルオーディオ"と言われるだけのことはある。

   それだけではない。改めて感じたのは、今の時代に訪れている、音楽の"進化"だった。

   Just ear購入体験レポートの後編となる今回の記事では、前回に続き、商品の引き渡しの体験、実際にJust ear を使って感じたこと、そしてそこからの考察を書いていきたい。

製品はすべて手作業で作られる

   Just earが完成した。

   そう聞いて、8月某日、外苑前にある「東京ヒアリングケアセンター®青山店」を再訪した。前回の記事ではJust ear の音質カスタマイズモデル「XJE-MH1」の購入体験レポートを書かせてもらったが、耳型を採取し、その形状にあわせて製作するテイラーメイドイヤホンであるゆえ、実際の製品はすぐに完成するわけではない。

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   製品は一つひとつ、国内にて手作業で作られる。採取された耳型はプロ用のモニターヘッドホンやハイレゾヘッドホンなどを長年製造している大分県の「ソニー・太陽」の工場に送られる。そこで型枠を作り、樹脂を流し込んでイヤホン本体を作る。究極の装着感を追求し、微細な作業を経て完成させられるという。

   東京ヒアリングケアセンター青山店で迎えてくれたのは、店主の菅野聡さん、Just earブランドの立ち上げに携わったソニーの松尾伴大さん、そして音質コンサルタントを担当してもらったソニーの井出賢二さんの3人。「XJE-MH1」は製品の引き渡しの時にも音質の微調整が可能で、購入の時のカウンセリングと同じく、普段使う携帯プレイヤーやスマートフォンを持ち込み、求める"いい音"の鳴り方を、プロフェッショナルとのマンツーマンのコミュニケーションをもとに探り、最終調整することができる。

装着感を確認

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   というわけで、まずは菅野さんから「XJE-MH1」を受け取る。うれしい瞬間だ。

   製品はシンプルな紙箱に入れられ、特製の手提げ袋と共に対面で手渡される。箱を開けると、取扱説明書と、「SONY」のロゴが刻印された高級感ある手のひらサイズの革製キャリングケースとキャリングポーチが入っている。

   キャリングケースはイヤーピースと金属端子部分が干渉せずに仕舞えるようになっていて、クリーニングツールも付属している。イヤホン部分はアクリル系の樹脂で作られているため、汚れてもアルコールの含まれたウェットティッシュなどで拭くのは避けたほうがいいという。

   ただ、まだこの時点ではJust earは完成品ではない。ここから最終調整を経て、製品が仕上げられるのだ。

試聴前にはイヤホン部分に「SAMPLE」のプレートが
最終調整前のイヤホン部分には「SAMPLE」のプレートが

   まずは菅野さんによってイヤホンを装着してもらい、抜けやすさや違和感がないかどうかをチェックする。装着方法には最初は慣れが必要だが、耳型を採取しているだけあって、ぴったりと耳にハマる。

まず、装着感を確認
まず、装着感を確認
初めて自分のためのJust earの音を聴く筆者
初めて自分のJust earの音を聴く筆者

   音を鳴らす前のファースト・インプレッションは、驚くほどの没入感だ。当たり前だが、どんなカナル型のイヤーピースや耳栓よりも、しっかりと耳穴を密閉してくれる。外界の音はかなり遮断され、音楽に集中できる環境がもたらされる。かと言って圧迫感もない。長時間つけていても気にならず、他のイヤホンに比べて小さな音でも聴き取りやすいというのは、耳の疲れが気にならないという意味でも、とてもありがたい。

音質の最終調整

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   続いては、音を鳴らし、井出さんと共に音質の最終調整を行う。前回のコンサルティングと同じく井出さん自身が淹れたこだわりのコーヒーを飲みながらの会話だ。

   「どうでしょう?」

   と訊かれて、まず率直に答えた一言は「バッチリです」。基本的には狙っていた方向性の音質だった。ただ、やはり最初の音質調整で使用した汎用のものと、カスタムメイドされたイヤーピースでは違いもある。耳穴の密閉感が増していることで、聴こえ方も変わってくる。せっかくなので、もう少しだけ付き合ってもらうことにした。

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   一つ考えたのは「低音に存在感がほしい」という前回のオーダーを踏まえての調整。Billie EilishやDrakeを聴きつつ確かめると、思っていたよりも低域が前面に出てきている感がある。このあたりの音源はまさに2010年代後半になって海外のメインストリームのポップ・ミュージックの音作りがダイナミックに変化している部分なので面白いのだけれど、もう少しナチュラルな方向に戻してもらって再度チェックする。

   実際にどのようにしているかは企業秘密ということだが、井出さんの作業を経て聴いてみると、たしかに変わっている。ヴォーカルの聴こえ方のニュアンスや距離感、全体のバランスなど、細かい特性を伝えることもできる。

   「ヴォーカルがもう少し前、ハイハットが少し奥に行く感じでお願いできますか?」

   と言ってみる。こんな風に音像感をプロフェッショナルに伝えて試してみることができるというのも得難い体験だ。

   どんな曲を、どんな風に聴くかによっても、求める音は違う。自分の場合は、基本的にはインタビューやレビューのために全体の音像を集中して聴き取るような"仕事モード"で聴くことが多いのだけれど、いざ製品が届いてみたら、その前提は踏まえつつ、もっとリラックスした状態で心地よく音楽を楽しむ"リスナー"としてのスタンスも重視しよう、と考えた。

再度、正しい装着方法の確認
再度、正しい装着方法の確認
最終調整後の試聴
最終調整後の試聴

   そうして、いよいよ完成。モニタリングや音楽制作向けの用途というよりもリスニング向け、さらに言えば、現在進行系のポップ・ミュージックをバランスよく聴けるような音質に仕上がったのではないか、と思っている。

   なので、今回個人的に用意した試聴用のプレイリストには、自分が普段スピーカーやヘッドホンをチェックするために使う曲に加えて、現行のポップ・ミュージックの潮流を象徴するような面々を並べてみた。

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商品のセット内容。最終調整を確認後、最終のプレートが取り付けられる
商品のセット内容。最終調整を確認後、最終のプレートが取り付けられる

新しい音を体感させてくれるJust ear

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   また、Just earを用いて音楽を聴くなかで、改めて感じたのは、音楽が"進化"しているということだった。

   ウォークマンが登場して今年で40年。アーティストの作った音楽にリスナーが"一対一"で向き合うことは、もはや当たり前になった。テクノロジーの発達によって、音域のレンジは広がり、解像度が高まり、声の息吹や、演奏の細かいニュアンスや、その場の空気感まで音源に封じ込めることができるようになった。

   だからこそ、新しい世代のアーティストは、イヤホンやヘッドホンで聴かれることを前提に、より親密な表現をできるようになった。生楽器であるか、エレクトロニックなサウンドであるかを問わず、より綿密な音作りが可能になった。一方で、かつての名盤はリマスタリングによってよりクリアな音質に蘇ることが当たり前になった。

   イヤホンやヘッドホンで、スマートフォンで聴くことが前提になったことで、音の"体験"が変わりつつあるのだ。

   そして、それは音楽というカテゴリすら超えた潮流を生みつつある。

   最近、ネットを中心に若い世代の間で広まっている「ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)」という言葉がある。これは海外発のムーブメントで、わかりやすく言えば「聴いて心地がいい音」を耳にすることで快感が得られる現象のこと。YouTubeには「ASMR」というキーワードと共に、ささやき声や、雨の音、自然の環境音など、多数の動画が投稿されて人気を博している。

   ちなみに、これらの「ASMR動画」も、Just earで聴いたときの気持ちよさは格別だ。

   最先端のポップ・ミュージックのシーンにおいては、"聴覚的な快楽"が、これまで以上に重視されている。テクノロジーはカルチャーの"体験"を変え、そしてカルチャーの"体系"を変えつつある。そんなことも、Just earを用いて音楽を聴くなかで改めて考えさせられたことだった。



   SONY「Just ear」購入体験レポート(前編)はこちら



■執筆:柴 那典(しば・とものり)
1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立、雑誌、ウェブなど各方面にて音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。主な執筆媒体は「AERA」「ナタリー」「CINRA」「MUSICA」「リアルサウンド」「ミュージック・マガジン」「婦人公論」など。日経MJにてコラム「柴那典の新音学」連載中。CINRAにてダイノジ・大谷ノブ彦との対談「心のベストテン」連載中。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。

ブログ「日々の音色とことば」http://shiba710.hateblo.jp/ Twitter:shiba710

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テイラーメイドイヤホン「Just ear」

XJE-MH1 音質調整モデル
各購入者に対してヒアリングを行い音質が決められるモデルです。
価格:30万円・税別(インプレッション費用は別途かかります)

XJE-MH2 音質プリセットモデル
あらかじめ設定された3つの音質バリエーションである「モニター」、「リスニング」、「クラブサウンド」から選択します。
価格:20万円・税別(インプレッション費用は別途かかります)

試聴は東京ヒアリングケアセンター青山店や、ソニーストア(銀座、名古屋、大阪、福岡天神、札幌)などで可能です。詳しくは下記のJust ear公式サイトをご覧ください。
https://www.sony.co.jp/Products/justear/

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