「日常は音楽と共に」  シャーロック・ホームズもファンだったサラサーテ 故郷を描いた「バスク奇想曲」

   クラシック音楽誕生の地、欧州は古くからの歴史があり、現在の国々、たとえば、イタリア、ドイツ、フランス、英国などは、その背景に様々な物語や文化があるため、その歴史的事実がオペラの題材になったり、「~風の音楽」というようなスタイルを生み出しています。

   しかし、今日の曲の題名に使われている国は全く謎に包まれています。

   国といっても、実は独立国ではなく、現在はスペインに3分の2、フランスに3分の1が含まれるといわれる、両国にまたがる地域で、「バスク」と呼ばれています。

    今日は、19世紀のヴィルトオーオ・ヴァイオリニストであり作曲家でもあった、パブロ・デ・サラサーテの「バスク奇想曲」をとりあげます。

ヴァイオリンを構えるサラサーテ。人気演奏家だったため、写真が残っている
ヴァイオリンを構えるサラサーテ。人気演奏家だったため、写真が残っている

「謎の国」バスクで生まれパリ音楽院で学ぶ

   南部は古代ローマ帝国の影響が残る「ラテン」の国々、北部はゲルマン系の諸部族の支配の歴史が残る地域・・と、欧州各国は言語・文化・神話などにおいて大抵ルーツがたどれるのですが、バスクという民族は、他の言語と全く関連性の見いだせない独特のバスク語を話し、どこから、いつごろやってきて、現在の地域に定住するようになったかも全くわからないといってよい、謎の人々です。しかし、独特の文化と言語があるので、一時期はスペイン国内で独立を求めて激しい闘争を行ったりしました。

   19世紀後半の音楽シーンで、もっとも重要なヴィルトオーゾ・ヴァイオリニストとなったパブロ・デ・サラサーテは、1844年スペインのバスク地域の町、パンプローナに生まれました。すなわち彼はバスク人です。バスク語では彼の故郷はイルーナと呼ばれています。隣国フランスの首都にある、パリ音楽院を優秀な成績で卒業し、演奏家としてのキャリアをスタートさせますが、彼の超絶技巧にほれ込んだ数多くの同時代の作曲家が、彼のために作品を書き、それは、現代でも主要なヴァイオリンのレパートリーとなっています。すなわち、共演者でもあったサン=サーンスは「序奏とロンド・カプリチオーソ」、「ヴァイオリン協奏曲第3番」を、ラロは「スペイン交響曲」を、ブルッフは「スコットランド幻想曲」を・・といった具合です。

    演奏家としての彼の名声は、欧州中に鳴り響き、フィクションの物語ではありますが、ヴァイオリンを嗜んでいたという設定の名探偵シャーロック・ホームズも、サラサーテのロンドンでの演奏会に足を運んでいます。

バスク風の旋律に超絶技巧も織り込まれた小品

    周りの作曲家から、数多くの素晴らしい作品を献呈されてはいましたが、ホームズも聴いたはずのサラサーテの演奏会は、彼自身の作品が多くプログラミングされるのが常でした。

    現在のサラサーテの作品は、スペインでヒターノと呼ばれるロマの人たちの音楽を入れた「ツィゴイネルワイゼン」と、主人公ドン・ホセがバスク人という設定のフランスの作曲家ビゼーのオペラ、「カルメン」の旋律をちりばめた「カルメン幻想曲」の2曲が飛びぬけて有名で、演奏回数も多くなっています。

   しかし、彼のルーツである、「バスク」を題材にした「バスク奇想曲」は、バスク独特の「ソルツィーコ」と呼ばれるダンスの独特のリズムを取り入れたり、バスク風の旋律をちりばめたりしてあり、彼のルーツである謎の国「バスク」を音楽で味わうことのできる1曲に仕上がっています。5分ほどの長くない曲ですが、サラサーテの超絶技巧も織り込まれ、聞いていて楽しい小品です。サラサーテは有名曲以外にも、たくさん味のあるヴァイオリン曲を残しました。

    彼が没したのは世紀も変わった1908年、フランス側のバスクの町、ビアリッツにおいてでした。

本田聖嗣


本田聖嗣プロフィール

私立麻布中学・高校卒業後、東京藝術大学器楽科ピアノ専攻を卒業。在学中にパリ国立高等音楽院ピアノ科に合格、ピアノ科・室内楽科の両方でピルミ エ・ プリを受賞して卒業し、フランス高等音楽家資格を取得。仏・伊などの数々の国際ピアノコンクールにおいて幾多の賞を受賞し、フランス及び東京を中心にソ ロ・室内楽の両面で活動を開始する。オクタヴィアレコードより発売した2枚目CDは「レコード芸術」誌にて準特選盤を獲得。演奏活動以外でも、ドラマ・映画などの音楽の作曲・演奏を担当したり、NHK-FM「リサイタル・ノヴァ」や、インターネットクラシックラジオ「OTTAVA」のプレゼンターを 務めるほか、テレビにも多数出演している。日本演奏連盟会員。


   出典元:週刊「日常は音楽と共に」https://www.j-cast.com/trend/column/nichijou/

Just ear Just ear