Just ear 購入体験レポート(前編) 世界にひとつだけ!自分のためだけの音質を持つイヤホンを作る
レポート:柴 那典
僕が「Just ear」を購入しようと思った理由は、とてもシンプルだ。できるだけ"いい音"で音楽を聴きたいと思ったから。音楽にまつわる仕事をしている人間として、そして一人の音楽愛好家として、アーティストの作り上げるサウンドや、歌手の声の表現を、できるだけ深く、微細に感じ取りたい。
でも、何が"いい音"なのかということをちゃんと考えようとすると、話はなかなか難しい。
ここ最近は技術の進歩もあって、音楽の解像度やダイナミックレンジは格段に向上している。ハイレゾも普及しているし、携帯プレイヤーやスマートフォンでもこれまでに比べて高音質な音楽をカジュアルに楽しめるようになった。そのこともあって、ハイエンドなイヤホン・ヘッドホンの人気も高まっている。とはいえ、スペックや専門用語を聞いてもわからないことも多い。それに、好きなジャンル、どんなシチュエーションで音楽を聴いているかも、人によって違う。価値観は人それぞれだ。
だから、これまでは周囲の信頼できる音楽好きの人たちのおすすめを参考にイヤホンやヘッドホンを選ぶことが多かった。そんな中で知ったのが、自分の耳型を採取し、その形状にあわせて製作するテイラーメイドイヤホンのJust earだった。人の耳穴の形は千差万別で、左右で大きさが違ったりもする。そして、耳穴にフィットしているかどうかがイヤホンの音質や聴き心地を大きく左右する。しかもJust earには、プロの音響エンジニアが自分好みの音楽や聴き方をヒアリングして最適な音を調整してくれるモデルがあるという。
ならば、きっと、それが自分にとっての最も"いい音"を鳴らしてくれる"世界にひとつだけのイヤホン"になるはずだろう。
Just ear体験のために販売店へ
東京ヒアリングケアセンター青山店
というわけで、6月某日、外苑前にある「東京ヒアリングケアセンター®青山店」を訪れた。駅からは徒歩数分。カフェやヘアサロンのような外観だが、店の外からもJust earの展示が見える。
実際の購入体験をレポートするライターの柴 邦典
早速、試聴
東京ヒアリングケアセンター店主の菅野 聡さんの説明を聞く
Just earには、音質カスタマイズモデルの「XJE-MH1」と、あらかじめ音質が設定されたプリセットモデルの「XJE-MH2」の2種類がある。
東京ヒアリングケアセンター青山店の店頭には、常時Just earのプリセットモデル「XJE-MH2」が設置されている。ふらっと店を訪れても、それを試聴することができる。もちろん置かれているのは誰かの耳穴の形にあわせてカスタマイズされたものではなくXS・S・M・Lから選ぶ通常のタイプのイヤーピースを用いる試聴機だが、まずは手触りや音質を確かめることができる。
プリセットモデルの「XJE-MH2」3種類
試聴用のイヤーピース
店頭での試聴・相談は随時行っている
「XJE-MH2」の音質プリセットは3種類。音楽制作者のモニタリング用途をイメージしフラットな調整がなされた「モニター(Monitor)」、様々なジャンルの音楽を聴き心地よく楽しむことのできる「リスニング(Listening)」、ビートや低域の力強さを感じることのできる「クラブサウンド(Club sounds)」という3つのバリエーションが用意されている。さらには、アーティストLiSAの好きな音質にチューニングを行った限定モデル「XJE-MH/L1SA」(8月31日までの限定販売)もある。
LiSAの直筆サインと展示されている「XJE-MH/L1SA」(8月31日までの限定販売)
実際に試聴してみた感触としては、「モニター」は集中してサウンドデザインをチェックする時に役立ちそうだし、「リスニング」は声を主軸にすべての音をバランスよく聴くことができる。「クラブサウンド」は低域と高域のメリハリが効いていてビートの力強さを感じ取れるような感覚だった。LiSAモデルは女性ヴォーカルの親密な表現や、彼女が愛聴しているという海外のR&Bやポップ・ミュージックにフィットしているような感覚だ。
どれも良いと思ったし、個人的にはLiSAモデルが一番しっくりきたのだけれど、やはり自分好みの音を追求するべく、購入するモデルはフルカスタマイズモデルの「XJE-MH1」を選んだ。
店頭での試聴には女性スタッフも相談に乗ってくれる
欲しいモデルが決まったら"耳型採取"の日を予約
Just earはオーダーメイドなので、すぐに購入できるというわけではない。まずは、耳型を採取する日を決めて来店予約を行う。店頭で次回の来店を予約することも、電話やメールで耳型採取の予約を行うことも可能だ。
というわけで、注文書を記入し、購入する。支払いは現金、振込(来店前)、クレジットカード、デビットカードに対応しているとのことだ。
注文書に記入し、来店日を予約する
そして「XJE-MH1」のモデルを購入する場合は、耳型採取の後に音響調整が行われる。「音質コンサルタント」をつとめるエンジニアと向き合い、実際に細かく丁寧に相談をしながら自分にとって最適な音を探っていくというやり取りだ。
通常は、耳型採取と音質調整をするための日程を予約し、改めて東京ヒアリングケアセンター青山店を再訪するのだが、今回は購入体験レポートということで、特別に3人の音質コンサルタントに会うことができた。
音質調整担当はSONYの腕利きエンジニア3名から選任できる
Just earの音質コンサルタントを手掛ける音響エンジニアは3人いる。いずれも、ソニーのイヤホンやヘッドホンの開発に携わってきた音響設計のプロフェッショナルだ。
まず1人目はJust earブランドを立ち上げたソニーエンジニアリングのヘッドホン設計者、松尾伴大さん。2005年にソニーに入社し、これまで数々のイヤホン・ヘッドホンの音響設計に携わってきた。また、研究開発のために耳型を採取する同社の「耳型職人」の5代目でもある。そういった中で、"究極のパーソナルオーディオ"としてJust earのプロジェクトを2015年に事業化。音質コンサルタントも当初はすべて一人で担当してきたが、Just ear事業の拡大もあり2019年4月29日から3人の体制となった。
2人目は関 英木さん。1990年にソニーに入社し、ヘッドホンの開発設計を経て、現在は小型スピーカーの音響設計リーダーを主担当としている。そして、松尾さんと同じく「耳型職人」の3代目でもある。関さんは1999年に密閉型インナーイヤーヘッドホン「MDR-EX70」を開発。現在主流になっているカナル型イヤホンの生みの親ともいえる存在だ。
3人目は井出賢二さん。2008年のソニー入社以来、数十機種のヘッドホンの音響設計に携わってきたエンジニアだ。当初からオーディオ技術に造詣が深く、現在はヘッドホンの音響設計リーダーを担当している。
3人共に長年高い評価を集め続けるソニーのイヤホン・ヘッドホン技術を支えてきたエンジニアだ。そして、松尾さんはジャズやソウルや邦楽ポップス、関さんは80年代の洋楽ポップスやJ-POP、井出さんはジャズやロックや電子音楽など、それぞれ好みの中心は違うが、みな幅広く音楽を愛好するリスナーでもある。
通常の購入の際には来店予約の時点で、3人のプロフィールを確認して、どの音質コンサルタントにカウンセリングをお願いするかを選ぶことができる。僕は普段愛用しているノイズキャンセリングヘッドホンの「WH-1000XM2」の音響設計を担当していたという縁もあり、井出賢二さんにお願いすることにした。
柴の私物のヘッドホンWH-1000XM2(手前)とMDR-CD900ST(奥)
専任のコンサルタントによる耳型採取
菅野 聡店主による丁寧な説明と作業
耳型の採取は、東京ヒアリングケアセンターの店主、菅野 聡さんが担当する。菅野さんもJust earのプロジェクトに研究開発から携わり、これまで多くのアーティストの耳型を取ってきたイヤーフィッティングのプロフェッショナルだ。まずは、傷や耳垢などがないかどうか、衛生面も含めて耳の中の状態をチェック。耳穴内に傷がつく可能性もあるので事前には耳かきなどで耳掃除をしないほうが望ましいという。
詳しくは企業秘密だという専用のヘッドゲージを用い、耳の奥に栓をしてシリコン材を流し込み、緻密に耳型をとっていく。
30分ほどで、耳型採取の作業は完了。口を開けているか閉じているかで耳の穴の中の形は変化するというので、口を少し開けた状態を保つために、マウスピースのようなものを噛みながら、計測する。ほんの少しの差が密閉感を左右するということで、少し緊張感を持った作業が続く。菅野さんが何度も微調整を繰り返していたのも印象的だった。Just earのオーダーメイドの際は、鼓膜に対してどういう角度、どういう位置で音を鳴らすかという内部構造のデザインも耳型採取の段階で決めていくという。
まずは耳の中の状態をチェック
鼓膜保護のためのスポンジ。様々な大きさがある
ドライバの位置を入念に調整する
専用ヘッドゲージはソニーのエンジニアが自ら開発し製作した
マウスピースをくわえて顎関節を広げた状態に
耳型採取用のシリコン材で型を採る
こちらが採取した耳型。これを元にJust earを製作する
お気に入りのプレイリストで音質コンサルタントと音質調整
コーヒーは音質コンサルタント自身が豆から用意
続いては、音質調整のためのコンサルティング。井出さん自身が淹れたこだわりのコーヒーを飲みつつ、リラックスしながら相談する。普段使っている携帯オーディオプレイヤーやスマートフォンで、井出さんと向かいあって、同じ曲を一緒に聴きながらチューニングを進めていく。オリジナルのソフトを用いることで、実際の製作に入る前に音質をシミュレーションできるということだ。よく聴く曲を調整用に持ってきてほしいということだったので、自分なりにプレイリストを準備しておいた。
普段使用しているスマートフォンを用いての音質コンサルティング
僕がスピーカーやイヤホンやヘッドホンの音をチェックするときによく使う曲がPrimal Screamの「Deep Hit Of Morning Sun」。アルバム『Evil Heat』の1曲目に収録されているナンバーで、高域にも低域にも独特のノイズが飛び交っている、ちょっと極端なサウンドメイキングがなされたロックンロール・ナンバーだ。
また、格好いいギターリフのリファレンスとしてよく用いる曲がFoo Fightersの「All My Life」。花澤香菜「Trace」は、吐息成分の大きい彼女のハイファイな歌声の響きを確かめることで女性ヴォーカルのリファレンスを、Bjorkの「Hyperballad」は、打ち込みのリズムや低域のベースラインの気持ちよさと声のバランスを確かめたいときによく用いる。
会話しながら音質のバランスを調整していく
いろんな曲を再生して、止めるごとに「今の状態、どうでしょうか?」「音を変えましたが、どう聴こえました?」と井出さんに尋ねられる。
当初の状態でも悪くないバランスだったのだけれど、僕としては、もう少し低音に存在感がほしい感触があった。というのも、Billie Eilishの「bad guy」しかり、米津玄師の「海の幽霊」しかり、ここ最近のポップ・ミュージックにおいては超低域で鳴っているシンセベースがとても重要な役割を果たす作品が増えているから。これらの曲を聴きながら「もうちょっと低音が締まって聴こえたほうがいいかも」と伝えて調整してもらう。そして再び聴くと、たしかに変わった実感がある。
聴こえ方の好みを音質コンサルタントと共にじっくり探っていく
さらに、音数をたくさん詰め込んだようなタイプの曲でもいろんなフレーズを解像度高く聴き取れるよう、Kanye Westの「Lost In The World feat. Bon Iver」を使ってチェックする。同じ曲をあえて設定を変えて聴かせてもらううちに、だんだんと「こっちのほうが好み」というのがわかってくる。
音楽をどんなシチュエーションで、どんな風に聴いているかも井出さんと話しながらチューニングしていく。僕の場合は音楽ライターという仕事の関係上、好きな音楽をリラックスして聴くというよりも、インタビューやレビューのために全体の音像を集中して聴き取るようなモードで聴くことが多い。そういうことを井出さんに伝えて「じゃあ、解像感をもう少し高めたほうがいいですね」と調整してもらう。こうして"バッチリ"の音質に辿り着いた。
音質カスタムヒアリングを実際に体験しての実感としては、敏腕のプロフェッショナルなエンジニアでありつつ、ユーザーの目線で話を聞いてくれる音質コンサルタントの存在が、とても大きいと感じた。
1時間ほどでコンサルティングは完了
冒頭に書いたとおり、何が"いい音"なのかを見極めようとすると、話はなかなか難しい。僕はマニアックにオーディオを追求しているようなタイプではないので、正直、わからないことも沢山ある。でも"自分にとってのいい音"は、その道のプロフェッショナルに相談しながら「あ、こっちの方がいいかも」と感覚的な判断を積み重ねていくことで辿り着ける。そのことも、「XJE-MH1」を購入するにあたって得た収穫の一つだった。
耳型採取と音質カスタムヒアリングを行ってから、約2か月程度で製品は完成となる。「XJE-MH1」の場合は製品の引き渡しの時にも音質の微調整が可能ということだ。
楽しみに待とうと思う。
【音質コンサルタントと話してみよう!】
Just ear 「XJE-MH1」の音質調整対応を行う、3名の音質コンサルタントと直接お話しするチャンス。 新たに2名が加わった音質コンサルタントは、どんなプロフィールを持つのか知りたい!という方も多いかと思います。 それぞれのコンサルタントが淹れた珈琲を試飲しながら、気軽にお話しできます。
<音質コンサルタント相談会>
日時:7月20日(土)16:00~18:00
場所:東京ヒアリングケアセンター青山店 入場:無料
東京ヒアリングケアセンター 青山店
住所:東京都港区北青山2-9-15 三輪ビル1階
交通:東京メトロ銀座線「外苑前」駅より徒歩2分
営業時間:10:00~19:00
定休日:日曜日、祝日
TEL:03-3423-4133 FAX:03-3423-1991
https://tokyohearing.jp/justear/
■執筆:柴 那典(しば・とものり)
1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立、雑誌、ウェブなど各方面にて音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。主な執筆媒体は「AERA」「ナタリー」「CINRA」「MUSICA」「リアルサウンド」「ミュージック・マガジン」「婦人公論」など。日経MJにてコラム「柴那典の新音学」連載中。CINRAにてダイノジ・大谷ノブ彦との対談「心のベストテン」連載中。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。
ブログ「日々の音色とことば」http://shiba710.hateblo.jp/ Twitter:shiba710