タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」 aiko、シングルコレクション56曲
女性の心理を描きつづけて
男の「えりあし」をうたう
誰もが当てはまる恋の始まりと終わり。DISC1の6曲目「初恋」は、まさにその始まりの曲だ。初恋とはどういう感情なのか。「まばたきするのが惜しいくらいに見つめるのに忙しい」「胸をつく想いや息を飲む想い」が絶えない、そして、「あなたを守ってあげたい」という自分でも知らなかった感情が生まれてくる。微に入り細に入り心の動きを綴ってゆく。客観的に説明することよりもひたすら内側に入って行く。
彼女の歌の主人公のいじらしさ。その代表がDISC2の1曲目「えりあし」だろう。2003年に発売された時、そのタイトルの密やかな色気と冒頭の表現に感心させられた記憶がある。冒頭が「ぶったりしてごめんね 愛しくて仕方なかった」。その後に「泣き真似してごめんね 困った顔がみたくて」と続いている。
女性の恋愛心理の中の「裏表」の感情。愛しくて仕方なくてぶってしまう。困った顔が見たくて泣きまねをする。そして「あなたの背中が遠ざかってしまう」時に、自分の行為が原因だったのかと後悔にさいなまれる。5年後に再会したとしたら「背筋を伸ばして声をかけよう」と思う。「背筋を伸ばして」という表現が絶妙だろう。タイトルの「えりあし」は、女性のものではない。去って行ってから一度たりとも忘れたことのない「少しのびたあなたのえりあし」だ。女性が男性の襟足を歌った曲を他に知らない。
全56曲、すべては失恋ソングというわけではない。DISC2の最後の「ボーイフレンド」は、「うまく行っている」状態の歌だ。「あなたとのキス」を確かめ合っている。それも「唇かんで指でさわって」「確かめる」のである。同じキスでもカップリングベストのDISC4の中の「ココア」では、「内緒でキスしよう 分かってるね」「後戻りは出来ないよ」「絶対秘密よと」
という積極性も見せている。
時に大胆で時には消え入りそうに儚い。こんなに女性心理を描き続けてきたシンガーソングライターはいるだろうか。
女性心理、と書いておきながら、主人公が「僕」と歌っている「DISC2」の中の2016年のシングル「もっと」が少し違って聞こえた。表面的に受け止めれば「男性」の気持ちを歌った、ようにも取れる。でも、何度となく聞くうちに女性が「僕」という言葉を使って複雑な心理を表現しているように思えた。
彼女の書く曲の特徴の一つが「言葉に流されない」ことだろう。メロディーやリズムが言葉の説明に終始しない。「悲しい」からと言って、それを増幅するようなメロディーをつけない。むしろ「悲しい」という言葉だけでは表せない裏腹な感情もメロディーや音にしようとする。ステージをところ狭しと動き回るライブも意識されているのだろうし、言葉が先という作り方だからこそとも言えそうだ。
全56曲に思い当たらない「恋する女性」はいないだろう。そして、男性にとっては「女性心理」を知る格好のアルバムなのだと思う。
(タケ)
タケ×モリ プロフィール
タケは田家秀樹(たけ・ひでき)。音楽評論家、ノンフィクション作家。「ステージを観てないアーティストの評論はしない」を原則とし、40年以上、J-POPシーンを取材し続けている。69年、タウン誌のはしり「新宿プレイマップ」(新都心新宿PR委員会)創刊に参画。「セイ!ヤング」(文化放送)などの音楽番組、若者番組の放送作家、若者雑誌編集長を経て現職。著書に「読むJ-POP・1945~2004」(朝日文庫)などアーテイスト関連、音楽史など多数。「FM NACK5」「FM COCOLO」「TOKYO FM」などで音楽番組パーソナリテイ。放送作家としては「イムジン河2001」(NACK5)で民間放送連盟賞最優秀賞受賞、受賞作多数。ホームページは、http://takehideki.jimdo.com
モリは友人で同じくJ-POPに詳しい。
出典元: タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」
https://www.j-cast.com/trend/column/jpop/