「日常は音楽と共に」 オペラ改革者・グルックの「精霊の踊り」は何が新しかったのか

勇気をもって新たなシンプル・スタイルを提案

   「オペラの改革」で、以後に続く本格的なオペラへの道筋をつけたグルックですが、オペラ「オルフェオとエウリディーチェ」の幕間のダンスの時に流れる「精霊の踊り」には、もう一つ特徴があります。和声...ハーモニーとも言いますが、他の音楽ジャンルでは、コード進行といわれる和音の種類が、とても少なく、単純なのです。

   それ以前の作曲家、例えば、J.S.バッハやヘンデルなどのバロックの作曲家が、人間の感情の憂いや悲しみを表現するために、実に多彩な和音を駆使したのと、それは対照的でした。特に重要とされる3つの和音・・・専門的には「1度の和音」「4度の和音」「5度の和音」といったりしますが・・・・で、曲のほとんどをつくっているのです。

   結果、この曲は、非常にシンプルで、聞きやすいものとなり、また、ハーモニーが無駄に複雑でないために、その上に載っている旋律に集中することができます。一見、たくさんの和音を駆使し、時にはネガティヴな感情を描くことさえ辞さなかったそれ以前のバロック音楽に対して、退歩のように見えますが、グルックなどの「古典派」の人々は、当時流行していたフリーメーソン思想(グルックも、モーツアルトもメンバーでした)の影響などもあり、音楽の調和を大事にしたのです。そのもとに作られた音楽は、秩序があり、聞きやすく、誰にでも受け入れられる音楽となっていったのです。

   それは、現代のクラシック以外のポピュラー音楽の遠い先祖、といってもよいかもしれません。事実、バロック時代のバッハなどは、今そのまま聴くと難しさと時代の隔たりを感じますが、グルックとその同時代の人たちのいわゆる「古典派作品」は、古めかしさこそ感じるものの、現代人の我々にもすぐなじむ音楽的構造を持っているのです。同時に、この時代の音楽は「ほがらかさ」を持っています。ハイドンやモーツァルトの作品が、明るい「長調」の作品が多いことにもつながりますが、まだ芸術家は自我よりも、「人を楽しませること」を目的に作曲していた時代です。

   「精霊の踊り」は、ヴァイオリンの名手にして作曲家でもあったF.クライスラーがヴァイオリン用に編曲したり、またはピアノ伴奏を伴うフルートで演奏されることも多く、グルックの作品の中で今日もっとも耳にする機会が多くなっています。そのシンプルな響きに耳を傾けると、複雑なものを整理することによって「改革」を成し遂げた、グルックの卓越した美意識を感じることができます。進化すると「複雑」になりかねない芸術の中にあって、勇気をもって新たなシンプル・スタイルを提案したグルックは、だから「改革者」と呼ばれているのです。

本田聖嗣


本田聖嗣プロフィール

私立麻布中学・高校卒業後、東京藝術大学器楽科ピアノ専攻を卒業。在学中にパリ国立高等音楽院ピアノ科に合格、ピアノ科・室内楽科の両方でピルミ エ・ プリを受賞して卒業し、フランス高等音楽家資格を取得。仏・伊などの数々の国際ピアノコンクールにおいて幾多の賞を受賞し、フランス及び東京を中心にソ ロ・室内楽の両面で活動を開始する。オクタヴィアレコードより発売した2枚目CDは「レコード芸術」誌にて準特選盤を獲得。演奏活動以外でも、ドラマ・映画などの音楽の作曲・演奏を担当したり、NHK-FM「リサイタル・ノヴァ」や、インターネットクラシックラジオ「OTTAVA」のプレゼンターを 務めるほか、テレビにも多数出演している。日本演奏連盟会員。


   出典元:週刊「日常は音楽と共に」https://www.j-cast.com/trend/column/nichijou/

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