終戦直後の混乱期に子どもだった日本人は、貧乏だった人の方が裕福だった人より3割以上も死亡リスクが低いという、常識とは正反対の研究成果がまとまった。貧しくて若いうちに死ぬ人が多い反面、丈夫でたくましい人が生き残り、高齢期になると真価を発揮するからだ。
東京医科歯科大学の藤原武男教授らの研究グループが2016年7月、全国の高齢者の健康調査を行なうプロジェクト「日本老年学的評価研究」の機関誌に発表した。これは男性だけに見られる傾向で、女性には影響はなかった。
貧しい子は丁稚奉公の肉体労働で丈夫に
研究チームは、2010年時点で65歳以上の人で介助がいらない高齢者1万5449人(男性7143人、女性8306人)を3年間追跡し、子ども時代の経済状況と死亡率との関連を調べた。これまでの欧米の研究では、経済状況の高い人の方が貧しい人より長生きすることがわかっているが、多くは中年期の経済状況を調査対象にしており、子ども期の研究はなかった。
今回の研究では、対象者に「あなたが15歳当時の生活程度は、世間一般からみて次のうちどれに入ると思いますか」という質問を行ない、「上」「中の上」「中の中」「中の下」「下」の5つから選ばせた。そして「上」と「中の上」を「上」、「中の中」を「中」、「中の下」と「下」を「下」の3段階に分けた。年齢・身長・教育歴・高齢期の経済状況・健康行動・治療中の病気・住んでいる地域などの影響を考慮し、死亡リスクとの関係を調整した。
その結果、男性では貧しかった人ほど死亡リスクが低く、最も裕福な「上」の人に比べ、「下」の人は36%、「中」の人は25%も死亡リスクが低かった。一方、女性の方も同様な傾向は見られたが、その差は「上」と「下」との間で9%、「上」と「中」の間で5%と、統計学上はほとんど変わらなかった。
どうして少年時代に貧しかった男性ほど、高齢期からの調査では長生きするのだろうか。研究グループでは、次のような理由を上げている。
(1)子ども時代に貧しかった人は、高齢になる前に死亡する例が多く、強い人だけが生き残っている可能性が高い。
(2)貧しい子どもは丁稚奉公や工事現場などで働き、身体活動量が多く、肉体的に強くなった可能性が高い。
(3)サルの研究では、子ザル時代にあまりエサを与えられず、カロリー摂取量を抑えられると、逆に長寿遺伝子が活性化され長生きすることがわかっている。「腹八分目に医者いらず」のことわざどおり、貧しくて十分に食べられなかったことで、長生きになったと考えられる。