農林水産省が2025年3月に放出に踏み切った備蓄米は21万トンで、日本人が食べる2週間分に相当する。 農水省は全国の約300か所の民間倉庫に計100万トンの備蓄米を持っている。室温は15度以下に保たれ、湿度も60%~65%とコメにとって最も長期間、できるだけおいしく食べられる条件が維持されているという。
他のコメと混ぜられた「複数原料米」と表示
調整された温度と湿度で保管されていた備蓄米はすでにスーパーに出回っていると見られる。しかし、「備蓄米」と表示されたコメはなかなか見当たらない。他のコメと混ぜられた「複数原料米」と表示される備蓄米が多いと見られている。
備蓄米を名乗らない理由がある。
農林水産省から備蓄米の大半を買い取って小売店に向けて流通させた全国農業協同組合連合会(JA全農)が「備蓄米と表示しないで」と要請したためだ。
なぜ、全農は表示を避けるのか。広報担当者は「モノ珍しさで備蓄米が買われればかえって流通が混乱する」と説明する。備蓄米がその珍しさから話題を呼ぶと、かえってコメの品薄感が一層強まりかねない。価格を下げるための放出が逆効果になることを恐れたようだ。
いま出回っている備蓄米の多くは、私たちが食べている24年産で、古米でも古古米でもなく、わざわざ明示する必要もないという理由もある。
「備蓄米でもうけた」と批判されたくない
全農は今回の備蓄米の取り扱いに神経を使う。
マスコミを集めて記者会見を開き、備蓄米について「落札金額に運賃・保管料・金利・事務経費など必要経費のみを加え、適正に取り扱う」との方針を発表した。備蓄米で利潤を上げることをしないという宣言だ。政府に協力して少しでも安く供給するという考え方だが、国民から「備蓄米でもうけている」と批判されないように襟を正す狙いもあるようだ。
今回の放出では、政府も異例の対応を余儀なくされた。 備蓄米は不作で食料危機のときに備えたものだが、23年も24年もコメの作況は平年並みで、農水省は「不作ではない」との立場をとってきた。このため24年の段階では、放出をかたくなに拒否してきた事情がある。
しかし、あまりにも急な値上がりで、「米の円滑な流通の確保を図るため」という特例をわざわざ作って放出を決めた。後手に回った感は否めず、江藤拓農水大臣は25年2月17日の衆院予算委員会でこう言った。「判断がおそかったということも含めあらゆる批判を受け止めたい」
(経済ジャーナリスト 加藤裕則)