選択的夫婦別姓制度の導入の議論が盛んになるなか、企業では職場の「旧姓の通称使用」をどの程度認めているだろうか。
帝国データバンクが2025年3月14日に発表した「旧姓の通称使用に関する企業の実態アンケート」によると、容認と検討中を合わせて7割を超える企業が前向きだ。
一方、給与振り込みなどが面倒と認めない企業も少なくない。「旧姓の通称使用」は広がるのか、調査担当者に聞いた。
「取引先に覚えられた旧姓を、そのまま使ったほうがスムーズ」
選択的夫婦別姓の導入については、経済団体連合会(経団連)が2024年6月、政府に早期実現を求める提言書を発表。経済同友会の新浪剛士代表幹事も「経団連と一緒に進めていく」と会見で述べた。旧姓の通称使用が、海外では理解されづらく、「企業にとってもビジネス上のリスクになり得る」(十倉雅和経団連会長)からだ。
帝国データバンクの調査(2025年3月7日~12日)は、全国1336社が対象。職場での旧姓の通称使用を認めているかを聞くと、「認めている」が63.6%、「認めていないが、使用を検討中」の6.9%を合わせると、「容認・検討中」の企業が7割(70.6%)を超えた。一方で、「認めていない」は9.2%だった。
「容認・検討中」の企業を規模別にみると、「大企業」が78.7%と、全体平均(70.6%)を8.1ポイント上回った。一方、「中小企業」は69.2%、「小規模企業」は64.0%と、規模の大きい企業ほど旧姓の通称使用が進んでいた【図表1】。
認めている企業からは、「取引先に覚えてもらっている旧姓をそのまま使用したほうがスムーズ」(不動産)や「入社時にメールアドレスを与えるが、氏+特定番号のため、結婚で変更すると本人も会社も面倒。通称使用で名刺なども変える必要がない」(機械)といった具体的なメリットをあげる声が多かった。
一方、認めていない企業からは、「通常は何の問題もないが、給与の振込口座の名義が違うと面倒」(飲食料品)や「免許や資格証は旧姓かどうかの確認が必要となるほか、申請書類などの誤記が懸念される」(建設)など、旧姓・現姓両方の管理にともなう事務負担や煩雑さがあがった。
メリットとデメリット双方の意見があるなか、旧姓の通称使用に対する企業の負担感について聞くと、全体では「負担感はない」が50.7%で、半数を超えた。しかし、実際に旧姓使用を認め運用している企業では「負担感はない」が65.6%で、システムなどの運用でカバーし、3社に2社が負担を感じていない結果となった【図表2】。
「商用で使う名前は個人の自由」「時代の要請と考える」
J‐CASTニュースBiz編集部は、調査をまとめた帝国データバンク情報統括部の担当者に話を聞いた。
――旧姓の通称使用を認めている企業が、認めるメリットにあげる一番大きな理由は、ズバリ何だと考えていますか。
調査担当者 旧姓の通称使用を認める最大の理由は、キャリアの継続性やコミュニケーションの円滑化といった業務上のメリットが大きいからです。たとえば、こんな具体的なコメントが寄せられています。
「円滑な外部とのコミュニケーション全般など、キャリアの継続性を鑑みると旧姓使用のメリットのほうが大きい」(広告関連)、「社内の呼び方を変えることなく使用できるのは、社員間のコミュニケーションでストレスなく対応できるのでよい」(人材派遣・紹介)などです。
また、「名前は個人を特定するためのもので、商用で使用するにあたっては個人の自由と考える」(専門サービス)や、「時代の要請と考えている」(建設)など、従業員の自由を尊重していこうとする姿勢もみられました。
――なるほど。調査結果では、特に大企業で旧姓の通称使用が進んでいますが、背景には大企業が加盟する経団連が選択的夫婦別姓の早期実現を強く求めていることも影響しているのでしょうか。
調査担当者 大企業で旧姓の通称使用が進んでいる理由としては、システムや人事管理の整備が進んでおり、負担感が少ないことが見込まれます。
また、有能な従業員が同じ職場に長く勤め、最大限のパフォーマンスを発揮できるよう、従業員個人の自由を尊重し多様性を認めていく環境の整備を、より重要視している可能性も挙げられます。
経団連の意向などが影響しているかどうかは、今回の企業のコメントからは読み取れません。
「給与の振込口座の名義が違うと面倒」
――一方、旧姓の通称使用を認めない企業が3割近くあることも気になります。認めない理由として一番大きな理由はズバリ何でしょうか。
リポートでは、事務が煩雑になると指摘していますが、旧姓を併記することができるマイナンバーカードが普及した現在、効率的に管理できる事務ソフトを導入すれば簡単に旧姓使用ができるのではないでしょうか。
調査担当者 認めない最大の理由は、やはり事務手続きが煩雑になることです。たとえば、こんなコメントが寄せられています。「おそらく事務や経理上などで面倒臭く、手違いや間違いのミスなどが増えると思う」(専門商品小売)、「給与の振込口座の名義が違うと面倒」(飲食料品・飼料製造)などです。
確かにマイナンバーカードの普及や事務ソフトの導入で効率化は進められますが、実際の導入にはコストやシステム変更の負担が伴うため、慎重な企業もあるようです。
システムや人事管理を見直せば、旧姓使用は広がっていく
――担当者として、旧姓使用を認める企業は今後も増えると思いますか。また、増えるためにはどんな環境整備が一番大切だと思いますか。
調査担当者 選択的夫婦別姓については、さまざまな賛否の声がありますが、企業では主に女性のキャリア分断をさけるため、職場における旧姓の通称使用が広がってきています。導入を検討している企業もあることから、旧姓使用を認める企業は今後も増えると考えています。
増加していくためには、システムや人事管理の見直しが重要です。たとえば、「運用上の見直しで、円滑に進めていける」(鉄鋼)や「システム的に標準対応されている」(金融)といった事例が示すように、適切な業務運用の見直しやシステム整備が負担感を軽減して、旧姓使用の導入を促進する要因となりえるでしょう。
(J‐CASTニュースBiz編集部 福田和郎)