転職者が増加中とはいえ、年収アップが期待できるのは若手が中心。40代以上になると厳しくなるといわれるなか、50代以上の転職が加速している業種がある。ITエンジニアだ。
リクルートが2025年2月28日に発表した「50歳以上のITエンジニアの転職調査」によると、過去5年で4倍以上に転職が増え、年収が1割以上アップした人が2割近く。
最先端のITエンジニアの分野で、なぜ50代以上の人材が求められるのか。リクルートの丹野俊彦さんに聞いた。
老巧化したIT基幹システム刷新の「2025年問題」が背景に
転職支援サービス「リクルートエージェント」における50歳以上のITエンジニア職(SE、インターネット専門職、組込・制御ソフトウエア開発エンジニア)の転職者数は2019年を1とすると2024年は4.3倍に増えている【図表1】。
また、転職時に賃金が1割以上アップした50歳以上のITエンジニア転職者の割合は、2019年には12.9%だったが、2024年には20.8%まで増加している。もともとIT人材が不足しているため、IT人材の賃金は上昇傾向にあるが、50歳以上でも同様の傾向が見られることがわかった【図表2】。
背景の1つにあるのが「2025年の崖」と呼ばれる問題だ。これは、2018年に経済産業省が提示した「DXレポート」で指摘されたもの。日本企業のIT基幹システムの老朽化と複雑化が進み、年月をかけて開発を重ねたシステム(レガシーシステム)を使い続けると、サーバーセキュリティーや事故・災害によるシステムトラブル、データ消失などのリスクが高まる。
2025年までに43万人のIT人材不足に直面し、2025年以降、年間最大12兆円の経済損失が発生する可能性がある。
こうした事態を回避するためには、レガシーシステムを刷新する必要があるが、レガシーシステムで使用されていることが多い「COBOL」(コボル)などの古いプログラミング言語に関するスキルを持つ人材が必要となる。
COBOLは1960年代から大規模システムを中心に広く使われていたが、JavaやC++など新たな言語が登場すると、ITエンジニアの学習対象も新しい言語に移り、若手の中でCOBOLを扱える人の割合は低い。
【図表3】は、リクルートの各求職活動支援サービスに登録された、ITエンジニア職の求職者自身がスキルとして書いたプログラミング言語を年代ごとの割合で順位付けしたものだ。
これを見ると、COBOLを上位10言語にランクインしたのは50歳以上だけであることがわかる。50歳以上のエンジニアには、COBOLのスキルだけでなく、豊富なトラブルシューティングの経験や若手の育成などの経験にも期待が寄せられているという。
数十年前からシステム導入の金融業、製造業の大手が中心
J‐CASTニュースBiz編集部は、リポートをまとめたリクルートのハイキャリアコンサルタント(デジタル、IT領域担当)丹野俊彦さんに話を聞いた。
――50歳以上のITエンジニアの転職で賃金アップが増えている背景は、近年さまざまな企業がレガシーシステムの刷新に取り組んでいるからとのことですが、具体的にはどのような業種、業界が多いのでしょうか。
丹野俊彦さん レガシーシステム――つまり、老朽化したシステムを持っているということは、数十年前からシステム導入を行っていたことになるため、ある程度資金力のある老舗大手企業が多いです。業界としては金融業界、製造業界になると思います。
刷新の背景には、システムコストの削減や、長年にわたり開発を繰り返したことによってシステムが複雑化したためトラブル時の解決に時間がかかるなど、大きな経営課題の一つになっていることが挙げられます。レガシーシステムは、そのシステムが構築された時代に主流だった汎用機(メインフレーム)と呼ばれるコンピュータと、COBOL(コボル)という旧来の言語が使われているケースが多いです。
たとえば、金融企業で基幹システムの更新時期のタイミングでクラウド化するプロジェクトが発足した際には、外部のITベンダー任せにならないよう、社内に汎用機やCOBOLを扱えるエンジニアを必要としていました。このような要件に合致する人材を探すと、結果的に50代以降の方々が該当しました。
50代だから求められているというわけではなく、汎用機やCOBOLといった旧来の技術に関するスキルを持っているエンジニアを採用しようとすると、結果的に50代以上の方が対象になることが多いのです。
転職時の年収が下がっても、70歳まで長く働けるところを選択
――なるほど。具体的にはどんな個人のケースがありますか。
丹野俊彦さん Aさんは、1000名規模の大企業の社内SE(課長)から50名規模の中小企業の社内SE(部長候補)へ。年収が約400万円アップ。役職定年を前にし、ご自身のスキルが活かせる環境を求めていました。転職の決め手は、現職で組織拡大の過程で積んだ経験が、これから組織を大きくするフェーズの企業で活かせると感じたことでした。
企業がAさんを評価したポイントは、マネジメントの経験があること、ITスキルもインフラ、アプリ、セキュリティなど幅広くお持ちで、組織を拡大していくフェーズでIT戦略をリードするポジションにマッチしていたため、採用となりました。
――400万円の年収アップは大きいですね。
丹野俊彦さん Bさんは、社内の情報セキュリティ部門からITベンダーのセキュリティコンサルへ。年収は約300万円ダウン。役職定年を迎えて年収が下がり、さらにその先定年まで下がっていくことが見込まれたため転職を決意されました。
ただ、転職時の年収は下がるものの、転職先は定年が70歳で長く働けること、役職定年がないため努力次第で年収をアップさせることができ、生涯年収で見れば現職に残るより多いことが決め手となり、転職先を決定されました。
企業がBさんを評価したポイントは、セキュリティに関する知見を持っていること。そして、前職は社内業務だったため顧客対応は未経験でしたが、面接時の受け答えが丁寧だったためコンサルタントとして活躍できると判断され、育成前提での採用となりました。
創業まもない企業でも、マネジメントができるエンジニアを求めている
――Bさんは一時的に年収が下がっても、長く働けることを重視したわけですね。
丹野俊彦さん Cさんは、金融機関でのシステム企画・海外事業の立ち上げからコンサルティングファームの海外事業立ち上げマネジャーに転進しました。部長の役職定年を迎え、後進の指導が業務のメインでしたが、現場で活躍したいという思いがあり転職を決意されました。
転職先では海外事業立ち上げの経験が活かせるとともに、周囲のサポートではなくご自身が主体となって働けることが決め手になりました。企業がCさんを評価したポイントは、海外事業の立ち上げ経験があり即戦力になっていただけること、チャレンジするスタンスが評価されました。
――Cさんの場合は、仕事のやりがいに惹かれたわけですね。
ところで、リポートでは「COBOL」のスキルとは関係なく、創業したばかりで事業を広げたい企業でも、マネジメントができるエンジニアとしての需要があると示されています。50代以上の人にとって明るい話ですが、どういうことでしょうか。
丹野俊彦さん あるIT企業では、顧客からの案件需要の高まりから人員を増加する必要があり、定年を70歳に引き上げて大手ベンダーの役職定年間際の方を積極的に採用しています。
社内の若手や中堅メンバーの育成とマネジメントを担うことができ、かつエンジニアとしてご自身で手を動かすこともできる人材が求められているからです。
管理職に就いていた方だけでなく、プロジェクト運営においてメンバーや協力会社のマネジメントを行っていた経験が評価されることも。ですので、これまでのご自身の経験を棚卸し、マネジメントに生かせるものを探してみるとよいと思います。
自分の経験やスキルが活かせる場所、自分の希望がかなえられる場所を探そう
――50歳以上のITエンジニアは、転職するにあたって何が一番大切か、心がまえやスキルの学び直しなど、アドバイスとエールをお願いします。
丹野俊彦さん 50歳以上であれば多くの経験を積んでいると思いますので、まずはご自身のキャリアの棚卸しを行っていただくのがよいと思います。その際は転職エージェントなど第三者の力を借りながら、客観的に振り返ってみましょう。
そのうえで、今、世の中でどんな技術が求められているのかを知り、関連する資格を取ることをおすすめします。資格があることによって社外にご自身の知識やスキルを示せるだけでなく、新しい技術を学ぶ姿勢があることのアピールにもつながります。
――今回の調査で特に強調しておきたいことがありますか。
丹野俊彦さん 企業と個人、それぞれにやるべきことがあると思います。まず、企業は人口が減少し人手不足が進む状況のなか、採用の難易度が上がっています。適切な報酬を設定するなど魅力的な人事制度を用意し、社員からも求職者からも選ばれる企業になることが必要でしょう。
また、中途採用にあたってはほかの企業が採用候補の中心に据えていない層にも候補を拡大することで、ポジションに適した人材を採用できることがあります。たとえば、転職事例であげたBさんのように、シニア層の未経験者を育成前提で採用するなどです。
個人としては、今の50代以上の方は、終身雇用が前提で今の会社で定年まで勤め上げようと思っていたのに、時代が変わってリスキリングやキャリア自律という言葉が出てきて、今後のキャリアをどうすればいいのか戸惑っている方が多いのではないでしょうか。
そのような方々に伝えたいのは、ご自身のキャリアを客観的に見つめ、やりたいこと、できること、世の中から求められていることの重なりを見つけること。そうすると、主体的にキャリアを描くことができるでしょう。
たとえば、Aさんは、組織拡大にともなうさまざまな経験を、それを求めている小規模な企業で活かすという、ご自身の「できること」を世の中のニーズとマッチさせた好事例です。
会社規模や年収、役職など現職の条件を維持することを必須条件にせず、ご自身の経験やスキルが活かせる場所はどこか、そこで自分の希望がかなえられるか。そういった視点での仕事探しが、転職成功のカギになると思います。
(J‐CASTニュースBiz編集部 福田和郎)
【プロフィール】
丹野 俊彦(たんの・としひこ)
株式会社リクルート
ハイキャリア・グローバルコンサルティング1部3グループ
米国CCE.Inc.認定GCDFキャリアカウンセラー
大学新卒で国内証券会社の営業および人事採用担当を経験後、2007年に株式会社リクルートエージェント(現リクルート)に入社。
ITを中心に、幅広い業界の採用支援および転職支援を担当。面接力向上セミナー講師経験などを経て、現在は大手シンクタンク、SIer、大手ITコンサルティング企業のIT、DX領域の採用支援およびITエンジニア、ITコンサルタントのキャリア支援に従事。