岩手で、福島で、花開いた桜プロジェクト 災害の教訓を次世代につなぐ【震災14年】 #知り続ける

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「浜通り」貫く国道6号線沿いに桜を

   地震、津波、そして原発事故の影響を受けた福島県広野町。2011年3月13日には町長が避難指示を出し、同4月22日に緊急時避難準備区域に指定された。

   同町でNPO法人ハッピーロードネットを運営する西本由美子さんは、まちづくり支援活動を通じて交流のある子どもたちが心配だった。自身は東京都に一時避難し、岩手・宮城・福島の3県と都内を往復しながら物資を届ける日々。被災地の避難所にいる子から「寂しい」と連絡があれば、顔を見せに行った。2011年6月までに6万7000キロを走行したという。

   緊急時避難準備区域は同年9月30日に解かれ、町の避難指示も翌12年3月31日に解除された。この間、西本さんは、震災前に高校生たちと企画した「町に花を植える計画」が気になっていた。美しい街並みにして企業を誘致し、地元の若者の就職につなげたい――こんな思いから「3年かけて桜を植えよう」と話していたという。

「震災がなければ、2011年12月26日に最初の桜を県道に植樹するはずでした」

   だが生徒たちは散り散りになってしまう。特に計画に熱心だった子がいたが、西本さんがあちこちで安否を確認しているさなか、震災で亡くなっていたと知った。

   その子の思いもかなえたい。ほかの高校生と共に西本さんは、桜の植樹を実行しようと決心した。当初の計画を変え、広野町を含め福島県の浜通りを貫く国道6号線沿いに、南はいわき市から北は新地町まで総延長163キロ、沿線の市町村も加えて桜の苗木を植えるという「ふくしま浜街道・さくらプロジェクト」を立ち上げたのだ。

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