美容整形のための「全身麻酔」を経て認知機能が低下したように感じる、といった体験談が2025年2月中旬ごろからXで相次いで話題になっている。
東京都内にクリニックを持つ美容外科医は取材に、薬の量や医師の技量が適切であることを前提に、麻酔自体の危険性は否定したうえで「事実だとすれば非常に容認できない問題」と警鐘を鳴らした。手術中の病院側の対応が低酸素状態を起こし、結果として脳に悪影響を与えた可能性を指摘している。患者側が注意すべきポイントも提言している。
低酸素状態が続けば、最悪死に至る
全身麻酔は手術に際して患者の意識や痛みを薬で一時的になくす方法だ。これを伴う美容整形後に、物忘れが激しくなったり計算力や判断力が落ちたりしたように感じるなどとして一連の因果関係を疑う声がXで出ている。中には美容整形で繰り返し全身麻酔を受けているとするユーザーも散見される。
今回の事案についてJ-CASTニュースは26日、「銀座みゆき通り美容外科」理事長で、NPO法人「日本美容外科医師会」(会長・高須克弥氏)の理事も務める水谷和則氏に取材した。
同クリニックでは経験がない出来事だといい、「事実だとすればまったく容認できない問題」と危機感を示した。同クリニックが全身麻酔手術を行う際に外部から招いている麻酔科指導医の見解を含めた回答として、まず全身麻酔そのものに健康を害するリスクがあるのかという観点は否定した。
「もちろん麻酔のお薬の量が適正で、麻酔をかける医者の技術や管理の能力がちゃんとあるという前提で全身麻酔をかける限り、それが原因で認知症になったという話は聞いたことがないと。そのようなデータや報告も聞いたことがないという話でした」
一方で、認知力に悪影響を及ぼす可能性としては全身麻酔中に「低酸素の状態」が一定時間続いて脳細胞が壊れるケースを挙げた。「あくまでも病院側の対応、医師側の考え方や能力の問題に起因するもの」だという。
手術時間の長短は関係なく、低酸素状態が続けば意識が戻らなくなり、最悪死に至る。
「全てが危険とは思わない」が...売り上げ重視?一人二役はびこる
水谷氏いわく、本来、全身麻酔は安全を十分に担保した状態で初めて意識を無くす、というものだ。薬で呼吸が浅くなる、「舌根沈下」で気道がふさがりうるといった麻酔の特徴を予め想定して空気の通り道を確保しておく必要がある。代表的な方法では、初めに口や鼻からチューブを通す「気管内挿管」をして、呼吸器を用いながら、手術中も生体情報モニターで呼吸や血圧、酸素の状態に異常がないか確認・対応する。
水谷氏によると「医師なら出来て当たり前」だが、「安全な麻酔をかけ続けるのは絶対に麻酔科医の方が間違いない」。専門の医師に頼らず「一人二役」、つまり全身麻酔を自分でかけながら同時に外科手術に臨むと注意力が散漫になり、管理不十分になりうると指摘した。
一方、医師間で情報交換していると一人二役のクリニックが意外に多く、軽めな薬に関しては麻酔科医を入れず行うことが一般的とのこと。
そもそも麻酔科医は仕事量などから常駐先が総合病院や大学病院に偏っている状況だという。ただしフリーランスは多く、現状、クリニック側が全身麻酔の時だけ麻酔科医を手配することは出来るはず。それにもかかわらず麻酔科医を手配せずに全身麻酔を行うクリニックが散見される大きな原因は「簡潔に言えば売り上げ重視だからではないか」とした。
水谷氏は「全てが危険とは思わない、十分に注意してやっている先生が圧倒的に多い」「麻酔科医がいない=悪ではない」としつつ、一部医師によって「気の毒な患者さんが生まれているようだ」と見立てている。
アラーム鳴っても手術続行、「直美」や「シャドウドクター」の問題も
キーワードとして挙げたのが「直美(ちょくび)」だ。研修医を終えてすぐ美容外科入りする医師が増えている問題で、救急・救命処置を含めトレーニング不足が懸念される。例えば麻酔のかけ方に指導が至らないような、手術数や売り上げ重視のクリニックに勤めることで次のような事態にも。
「私が聞いたいくつかの話によりますと、低酸素の状態をモニターのアラームが知らせているにもかかわらず、対応しないで手術を続行してしまっている場合があって、中には生命の危険な状態に陥って総合病院に救急搬送されることもあるそうです。そんな危険なやり方をしてまでも売り上げを作ることが大事なのかと、非常にショックを受けました」
某大手クリニックの「売れっ子ドクター」にまつわるエピソードも述べた。水谷氏自身は、このクリニックへの勤務歴がなく、「同業医師との情報交流の場で聞いた」というものだが、次のような内容だ。
「売り上げは良いけれども、麻酔のかけ方が十分でない、とにかく売り上げのために手術を非常に沢山こなすそうです。場合によっては『シャドウドクター』といって別の問題が絡みます。自分が手術を執刀していると見せかけて、複数の手術室を掛け持ちして途中からバトンタッチで他のドクターが手術する。それが患者にバレないように、どんな手術でも静脈麻酔や全身麻酔で患者を眠らせた状態で手術を行うそうです。そうしてでも1日の売り上げを作ることが至上目的になっているんです」
患者側が注意すべき点は?
「いくら美容だったって安全が担保されて初めて医療です」──。
水谷氏は、理事長を務める銀座みゆき通り美容外科の安全対策も説明した。これまで日本美容外科医師会に寄せられた麻酔の事故情報は全て「麻酔科医ではない医師」による事例だったと明かす。銀座みゆき通り美容外科では安全を徹底するために必ず、外部から招いた麻酔科指導医もしくは認定医が全身麻酔を担い、美容外科医は手術に集中する分業制をとっていると説明している。
万が一の時は取り返しがつかない。水谷氏は全身麻酔と認知力低下の関係について、下記のようにも指摘した。
「麻酔をかけたことが悪いのではなく管理不十分もしくは『低酸素脳症』という低酸素の状態に関する知識や対応を十分に知らない、出来ないことが重なった結果、患者さんの脳に酸素が十分にいかない状態が一定時間続いてしまい、生命の危機には至らなかったけれど脳細胞がやられて認知機能に影響すると。手術回数が増えれば、その確率が上がるというのはありうるかなと考えられます」
美容整形で全身麻酔が必要になるのは、大がかりな鼻の手術、骨切り、フェイスリフト、全身の脂肪吸引、豊胸といったジャンル。水谷氏は患者に向けて下記のように提言している。
「ちょっとした麻酔はやむを得ない、全てが麻酔科医が立ち会うのは無理ですから。少なくとも全身麻酔する場合、麻酔科の医師が麻酔を担当しているのか、そうでないのかによって安全性は当然違います。なので、ご自身のためにちゃんと確認をしていただきたいです」