2025年2月14日公表の総務省「労働力調査」によると、2024年の転職者数は331万人と前年比で3万人増え、3年連続の増加となった。転職等希望者は1000万人で、2年連続で大台に乗せている。
少子化を背景とする人手不足の「売り手市場」で、転職市場はまだまだ活性化しそうだ。ただし、ある調査によると、転職で「年収アップ」を果たした人は40.2%にとどまり、「増減なし」が34.9%、「年収ダウン」組は25.1%もいたという。
年収アップには「交渉力」が影響する面もある
この調査は、マイナビ転職の「転職による年収アップの実態調査」。直近2年以内に転職した20~50代会社員800人から回答を得た。転職後の年収が「理想より低い」と感じている人も58.0%にのぼり、年収アップが甘くないことを示している。
ただし対象を30代に絞ると、状況は比較的よいようだ。30代の転職者のうち年収アップした人は42.5%だったが、アップ額の平均値は138.7万円。100万円以上アップした人が全体の18.0%を占めている。
転職時に年収交渉をした人(全年齢層)は55.9%で、このうち8割超の人が「呈示した希望額通りになった」または「希望額ほどではないが、給与額を上げることに成功した」と回答している。交渉の具体的な方法には「今の給与明細を提示した」「現状維持であれば考えさせてほしい旨伝えた」などがあがったという。
転職エージェントに勤務するコンサルタントのAさんによると、30代の転職者の年収アップ額が大きいのには理由があるという。
「20代の転職者はスキルや経験が浅く、実績もまだ上げられていないので、ポテンシャル採用になることが多いです。一方、30代では大きな実績を上げた人が現れ、彼らがキャリアアップのために転職するので、自然と年収アップの幅も大きくなります」
そのような30代のデキる転職者は、選択肢の幅が広いので、年収アップの条件を飲まない会社には転職しない。そのため「現状維持であれば転職しない」という交渉が通用するのだという。
「やはり、年収アップには交渉力が影響する面もあると思います。自分を高く売ろうとせず、何の働きかけもしなかったら、意外と据え置きの人が多いんじゃないですかね」
「休みの日は徹夜でゲームしてます」はNG
それでは、具体的にどのような交渉をすればよいのか。Aさんによると、まずは志望企業の研究をじっくりやり、いかにその会社に貢献できるかを論理的にアピールすることが大事だという。
そのほかにも王道な交渉術はさまざまあるが、Aさんは少し変わったアプローチとして「趣味を使った交渉」について話してくれた。
「雑談の中で『趣味はなんですか?』とか『休みの日は何をして過ごしますか?』なんて聞かれることがありますが、そこで無防備に『はい、家でゴロゴロしてます』とか『徹夜でゲームしてます』なんて答えると面接担当は冷めるんですよ。そんな生活してるんだったらそこまで高給じゃなくていいな、と思ってしまうんですね」
特にマネジメントを担う「ハイクラス人材」の場合、面接担当に「それなりの生活をしている人物である」と印象づけることで、下手な交渉ができないと思わせる「心理学的アプローチ」もあるという。
「例えば『趣味はワインで、休日は有名経営者の◯◯さんも参加する頒布会に参加しています。そこには大手企業の管理職層が結構いて、何かと相談できる知人友人もできるんです』といった話をすると、この人は立派な人で、採用すると自社にもいい人脈ができるのではないか、と期待してもらえるんです」
Aさんによると、このような手法は心理学的な法則を利用したものだという。例えば、自分の判断よりも「社会の多数派である他人」の判断に従った行動をしてしまう心理を「社会的証明の原理」といい、「ワインを趣味にする人はエグゼクティブ層に多い」というイメージを利用して「この人もエグゼクティブにふさわしい」と思い込ませるという。
「学術的に正しいかどうかは分からないのですが、私たちエージェントの間では、こういう法則や原理はよく共有されていて、どう使えるのか考えることが多いです」
面接担当との相性次第では逆効果も
このほか、「ハロー(後光)効果」を使って、「洗練された趣味を持っている」一面を「この人は知的で成功者にふさわしい人物だ」という評価につなげることも心がけるという。
さらに「対比効果」を使って、「ワインのような洗練された趣味を持つ人」と「そうでない人」を比較したときに、前者の方が優秀に見えるという心理を利用して、競争相手より強い印象を与えることも考えるそうだ。
ワイン以外にも、アートや音楽、ゴルフなど、ハイクラスなコミュニティとのつながりを連想させるものを面接時に匂わせることは有効な場合もあるという。
「逆にいえば、『週末は朝から競馬場通いです』みたいな話は、実際そうだとしてもリスクがあるので、私が担当する候補者には『別の話題に変えましょう』と助言しています。ただし、面接担当者が競馬好きの場合は、その旨を伝えることもあるんですが」
もちろん、いわゆるギーク的なエンジニアの場合は、趣味よりも具体的なスキルをアピールする方が有効だし、面接担当との相性が悪いと「ワイン?嫌味なやつだな」と抵抗感を抱かれるリスクもある。とはいえ「業績とスキル」一辺倒ではない交渉の選択肢があることを知っておくことは、どこかで役立つかもしれない。