「旅の恥はかき捨て」とは申しますが、それなりのレベルの旅館に泊まるのなら、最低限のマナーはわきまえておきたい。マナーをしっかり守れば、女将さんや仲居さんから、それ相応の温かいおもてなしを受けられるのは間違いない。そんな「旅館の掟」とは――。
まずは気をつけたいのが、キャスター付きのスーツケースの扱いだ。畳の上で引きずるのは、畳を傷つけてしまうから、もちろんNG。外で転がしているため、汚れがついているかもしれない。旅館に入ったら、持ち上げて運ぶようにしたい。
スーツケースなどの荷物を床の間に置くのはご法度だ。床の間は掛け軸や生け花を鑑賞するためのスペースであり、神聖な場所として扱われている。荷物は床の間から離れた場所か、入り口近くに置くのがいいだろう。床の間側が上座になる。年長者と一緒の場合には、そちらの席を勧めるのが和室の作法だ。
「心づけ」はどうすればいいのか
気になるのが海外のチップに当たる「心づけ」だ。宿泊料金にサービス料が含まれているため「渡す必要はありません」というのは川村学園女子大学の山田祐子講師だ。総合情報サイト「All About」で、その理由について「戦後、日本へは海外から『チップ』という文化が入ってきましたが、最後に金銭を渡すような流れは日本には馴染まなかったため、利用者一律に課せられる『サービス料』が生まれた」と説明したうえで、「今の旅館の体制を考えると『見栄』以上の意味にはなりにくい」と指摘する。
一方で、子供や高齢者が一緒のために旅館に負担をかけるケースなどを例に、「心づけ」を渡しても良いのでは、とアドバイスする。「目安は総額の10%程度。部屋に案内され係が下がる時にでも、白い封筒や懐紙に包んで渡すのがいいでしょう。『袖の下』ではなく、『迷惑かけるね』と。『心づけ』とはそういう日本人ならではの精神文化の一つ」と言う。
温泉は自宅の風呂とは違います
旅館であれば、温泉や浴場での振る舞いも心したい。互いに気持ちよく入浴できるように周りの人に気を配るのが基本である。民間資格「温泉ソムリエ」を認定している「温泉ソムリエ協会」がサイトで、守りたい「温泉のマナー」を例示している。
(1)タオルは浴槽につけない(2)体は浴室でしっかり拭いてから脱衣場に移動し、脱衣場を濡らさない(3)入浴前はしっかり「かけ湯」をして、体の汚れを落とす(4)使った桶、ボディソープ等の備品は元に戻す(5)周囲にシャワーのお湯やシャンプーの泡などが、かからないようにする(6)髪が湯船に浸からないようにする――など。協会は「温泉って自宅のお風呂とは違い、色々な方と一緒に入る公共の場です。お互いマナーを守ってこそ楽しめるものです」と呼び掛けている。
ちょっと意外なのが、布団の後片付け。良かれと思い、シーツを外して布団を畳んで押入れに仕舞うのは、旅館側からすれば、二度手間になる。布団を畳むのも、中に忘れ物がないかの確認のために再度広げる必要がある。布団は畳まずに、シーツもそのままにしておくのが良いそうだ。
旅館に泊まるなら、やはり、「立つ鳥 跡をにごさず」でいきたい。
(フリーライター 倉井建太)