一方的な異動命令では意欲が下がる
一方的な異動命令と比べ、いずれも手間のかかる「社内公募異動制度」だが、実際に採用する企業は多いのだろうか。Aさんによると「上場企業では珍しくない」という。
「企業の採用サイトを見ていると、明らかに増えていますね。特に従業員の平均年齢が若く、年功序列ではない会社が多いです。人事担当者が参考にすることが多いのは、先進的な取り組みを行うサイバーエージェントですが、『U-NEXT』などを運営するUSEN-NEXT GROUPや、不動産テックのGA technologies、日本郵政グループなどでも公募制度が導入されています」
サイバーエージェントの「キャリチャレ」は、社内版求人サイトに掲載されたポジションに異動の申し込みを行える制度。現在の部署に1年以上所属している社員が応募でき、応募者の約7割が希望のポジションへ異動を果たしているという。社内には、社内ヘッドハンティングを専門とする部署もある。
しかし、会社がそこまで手間をかける必要があるのだろうか。パーソル総合研究所の調査によると、会社指示による異動命令に対し「会社の指示なので従う」と回答した従業員は43.2%。一方で「希望条件に合わなければ拒否する」「拒否できないのであれば退職や転職を検討する」と回答した従業員は合わせて21.6%と少数派だった。
先述の調査でも、社内公募に興味を示していない人が6割にのぼる。しかしAさんは「多数派が興味を持たなくても、制度を導入する意味はある」と指摘する。
「別部署でどんな求人が出ているのかを見るだけでも、他の社員の業務内容が分かるようになる意義があります。グループ企業が複数の事業を展開している場合、会社の一体感が希薄になりがちですが、求心力を高める効果も期待できます」
また、「社内公募異動制度」の存在が、社員にキャリア形成を主体的に考えさせるきっかけとなり、「うまく運用されれば、『みんながやっているから自分も』という好循環が生まれやすい」という。
それでもAさんは、大多数の社員は受け身であり、「実際に自分の意思で異動を希望するのは、全社員の2~3割程度」と見ている。
「この制度のターゲットは、自分の可能性を広げたいという意欲が強く、飽きっぽいが会社として辞めてもらいたくない優秀な人材に限られるでしょう。全体から見れば少数派ですが、そうした人材をつなぎとめる制度としての価値があるのではないでしょうか」