働く人のキャリアを決めるのは、自分か、会社か。働く人自らがキャリア形成に主体的に取り組む「キャリア自律」の考え方が広がっている。
しかし、聞こえはいいが、「結局、自己責任でやれ!」ということにならないか。自分の将来を真剣に考えている人は少ないなか、どうすればいいのか。
「キャリアを決めるのは自分か、会社か~キャリアプランをもつ人の少なさから考えるキャリア自律支援」(2024年12月11日)というリポートの中で、企業の支援を訴えた第一生命経済研究所の福澤涼子さんに話を聞いた。
「社内」副業で、勤務時間の15%を他の部署の仕事を経験
<キャリアを決めるのは自分か?会社か? いまこそ必要「キャリア自律」...5年後、10年後なりたい自分を想像して(1)>の続きです。
――「社外」副業ではなく、「社内」副業とはどういうことですか。その分、収入も増えるのでしょうか。
福澤涼子さん たとえば、勤務時間の15%などを他のポジションのプロジェクトを支援することに使ってもOKという制度を導入している企業があります。こういう制度があれば、他事業や他ポジションのことを理解しやすいのではないでしょうか。
ただし、社外副業と違ってその分の収入が増えるわけではないことが多いです。
また、キャリアカウンセラー制度を設けている企業もあります。カウンセラーが企業に常駐したり、外部のカウンセラー機関と契約したりするケースが多いです。上司ではないキャリアの専門家と相談できるため、気兼ねなく悩みを打ち明けられるし、客観的に自分を見つめ直す機会にもなると思います。
社員のキャリア自律を進めると、転職されて企業は元も子もない?
――社員のキャリア形成に、至れり尽くせりの企業があるのですね。ところで、キャリア形成支援の1つとして「リスキリング推進」を挙げていますが、帝国データバンクのリスキリングに関する企業調査(2024年11月)を見ると、リスキリングに取り組んでいる企業は8.9%にとどまります。
少ない理由の1つに、「リスキリングをしてスキルを身につけさせると、逆に転職されてしまい元も子もなくなる」という人事担当者の本音をあげています。こういう企業の意識についてはどう思いますか。
福澤涼子さん これからの時代、従業員のリスキリングを促さないほうが、企業にとってリスクになりうると思います。
ちなみに、従業員のキャリア自律を進めることは、転職を促して企業にとってリスクになるのではないかというテーマは、労働問題の専門家の間で論議の的になっていました。近年、転職を促進しないという見解も一部で出てきています。
――どういう根拠でそう言えるのでしょうか。
福澤涼子さん キャリア自律支援として、社内のキャリア相談をしたり、 社外研修を受けるための金銭的援助、人事評価結果のフィードバック、目標管理制度などをしたりしている会社は、転職者が増えないという研究結果があります。
キャリア自律を支援してくれる会社のために、もっと貢献しようということになり組織コミットメントがあがるという結果です。
リスキリングについては、今も昔も従業員のスキルアップ支援を考えない企業はありません。ただ現在は、成長できる職場を求める若い世代が多いですから、スキルアップ支援がより重要になっているのです。
たしかにリスキリングによって転職されるリスクはありますが、そのリスクを負っても支援の仕組みを整えた方が、より良い人材を採用できることになるでしょう。
しがらみを捨て、本当になりたい「未来自己」を意識しよう
――なるほど。しかし、手挙げの人事制度もない、社内にキャリアカウンセラーもいない、特にキャリア支援など考えてくれない企業で働く人のほうが多いのが現実です。そういう人は、自分のキャリア自律を具体的にどう進めたらよいでしょうか。
福澤涼子さん 厚生労働省のキャリア形成・リスキリング支援事業(キャリア形成・リスキリング推進事業【厚生労働省委託事業】)などはキャリアコンサルタントとの相談を無料で使えるので、ぜひ活用してほしいと思います。とても親身に相談に乗ってくれます。ハードルが高いと不安になる人のために、アバターを使ってオンラインで受けることもできますよ。
そのほか、労働市場の先行きが不透明な中、「未来自己」(みらいじこ)という概念が注目されています。この未来の自己像には、仕事をしていくうえでの自分の本当の希望や豊富を込めることが大切です。子育てに忙しいママであっても、本当は将来どんな職業に就きたいのか、そのためにどんなキャリアを積みたいのか、いったん、目の前の子どもや子育ての現実を切り離して想像するのです。
こういう未来像がしっかりしていると、キャリアプランを立てようとか、スキル向上しようとか、目の前の業務を頑張ろうとか、もっと人脈を作ろうといった能動的なキャリア行動のモチベーションになりやすいことが専門家の研究でわかっています。
――うーむ、狙いはわかりますが、実際に想像するのは難しい気がしますが。
福澤涼子さん たしかに、ではどうすれば「未来自己」が持てるのか?とか、どんなタイプの人が持てるのか? また、その未来が実現しなかったときに、個人への精神的ダメージはないのか?などはまだわかっていないところもあります。
ただ、私がワーキングマザーのキャリアアドバイザーを務めていた時に相談に乗ったママさんの中には、何をしたいのか、しっかりとした未来像を持っている方が何人かいました。そういう人は、夢に向かってキャリアを積むパワーがスゴイです。
「未来自己」を意識するためには、過去や現在のしがらみにとらわれず、まずは自分の要望を言語化して、そのうえで理想の未来を描いてみることがよいと思います。
キャリアアップでも、ダウンでも、自分が決めて楽しければ全部OK
――最後に、キャリア自律を考えている人々へのエールをお願いいます。
福澤涼子さん キャリア自律はキャリア充実度ともかかわりがあることがわかっていて、キャリア自律ができている人ほど、日々の仕事も楽しんで働いています。
自分のことを自分で決めることで、他人との競争で心身を憔悴することなく、マイペースに自分らしく働くことができるという効果があるのではないでしょうか。
キャリア自律が求められる理由に「エンプロイアビリティ」(雇われる力)が大事だという文脈ももちろんあるとは思いますが、何より自分らしく働くために「キャリア自律」は大事だと思うのです。
私は、キャリアはアップばかりが正解ではないし、例えば子育てのためにあえてキャリアダウンする人も決して間違った選択ではないと思っています。
先行きが見えないこれからの時代に働く私たちは、常に不安だし、常に競争にさらされている感覚があると思います。そうした時代だからこそ、自分の軸でキャリアを築いていくことがウェルビーイングにもつながるはずです。
(J‐CASTニュースBiz編集部 福田和郎)
【プロフィール】
福澤 涼子(ふくざわ・りょうこ)
第一生命経済研究所ライフデザイン研究部副主任研究員、慶応義塾大学SFC研究所上席所員
2011年立命館大学産業社会学部卒、インテリジェンス(現・パーソルキャリア)入社、2020年慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了、同大学SFC研究所入所、2020年リアルミー入社、2022年第一生命経済研究所入社。
研究分野:育児、家族、住まい(特にシェアハウス)、ワーキングマザーの雇用。最近の研究テーマは、シェアハウスでの育児、ママ友・パパ友などの育児ネットワークなど。6歳の娘の母として子育てと仕事に奮闘中。