産業構造の変化に対応するために、社員に新たなスキルを習得させる「リスキリング」。成長産業への人材移動を促進することなどを目指し、政府も旗振りを行っているが、企業現場での取り組みは鈍いようだ。
帝国データバンクが全国の1万1000社あまりから回答を得た調査によると、リスキリングに「取り組んでいる」企業はわずか8.9%。今後「取り組みたいと思う」企業と合わせても、積極的な意欲を示した企業は26.1%にとどまっている。
「知識の習得を目的にしてもスキルは身につかない」
リスキリングに積極的な企業は、業種別では「情報サービス」の20.5%と「金融」の19.5%が高水準だが、「建設」は10.7%、「旅館・ホテル」は10.9%と低い。規模別では「大企業」が15.1%で、中小企業の7.7%と大きく差がついている。
肝心のリスキリングの取り組み内容(複数回答)は、「従業員のスキルの把握、可視化」の52.1%、「eラーニング、オンライン学習サービスなどの活用」の47.5%、「就業時間内におけるリスキリングの実施」の38.8%が上位だが、抽象的な表現にとどまり、具体的な内容まではうかがえない。
都内企業の人事部で人材育成を担当するAさんは、この結果に表情を曇らせる。
リスキリングの計画は「業務の変革」を前提としたものであるべきだが、そういう取り組みが見えないというのだ。
「単なる知識の習得を目的にしても、スキルは身につきませんし、会社の業績などの成果にも結びつきません。リスキリングの計画を立てる際には、デジタル化による業務の革新や、担当業務の大幅な変更などを前提にしないと、意味のあるものにならないと思います」
Aさんの会社で推進したのは「DX」、すなわち新たなデジタルツールによるマーケティング業務変革に合わせたリスキリングだ。
グローバル標準のツールに合わせて業務プロセスを変えるために、組織を再編し、社員の担当業務も変更した。そして社員に新たな業務を行ってもらうために、ツールを使いこなすための研修を行ったという。
「本来、これが典型的なリスキリングのひとつだと思いますが、もうひとつ考えられるのは、事業リストラに伴うリスキリングです」
「デジタル人材N万人計画」では業績は上がらない?
Aさんによると、グローバル展開をする大手有名メーカーでは、事業ポートフォリオ再編の一環として、芽が出ない新規事業からの撤退を決めたという。
そこで希望退職を募るとともに、これまで機器を動かすプログラムを開発していた組み込みエンジニアを、EC向けのウェブエンジニアに異動させる計画を立てた。
そして、異動を希望した社員に対し、リスキリングを目的とする大規模な研修を実施したという。Aさんは「一般的な常識から考えると大胆すぎるようにも思えますが、まったくのゼロから教えるよりも習得が早く、戦力化しやすかったと聞きました」と明かす。
Aさんは、このようなリスキリングはもっと増えていくべきだと主張する。
「日本企業は米国などと異なり、実質的に解雇が困難です。事業から撤退しても、社員を他部署に異動させるなどして、雇用維持の努力をしなければいけない。このときに生じたスキルのミスマッチを解消させるために取り組むのが、本来のリスキリングです」
一方、多くの日本企業の場合、明確な目的を持たずに「全社員のスキルの底上げ」と称して、全員に同内容の研修や試験を行う場合が多いという。確かに調査結果でも、取り組み内容に「従業員のスキルの把握、可視化」や「eラーニングの活用」をあげる会社が多かった。
「おそらく多くの大手企業では『デジタル人材N万人計画』などという目標を掲げ、全社員を対象に画一的なテストや研修を行い、会社全体のスキル底上げを図ろうとしていると思います。『リスキリングに取り組んでいる』と答えた8.9%の企業はこのタイプではないでしょうか。しかし、何かのツールを使えるようにするなど具体的な目的を持った取り組みじゃないと、スキルの定着もしないし、業績向上につながる成果も出てこないと思いますよ」
「参加者の身が入らないのは仕方ない」
それでは、具体的な目的を持ったリスキリングの取り組みを増やすには、どうすればいいのだろうか。Aさんは「あまり関係ないように思われますが、経営者のリーダーシップでしょうね」と言う。
「経営者が経営戦略として、事業の再編を決断すれば、組織も変わるし、自然と本質的なリスキリングの取り組みが必要になるんですよ」
しかしほとんどの会社では、一度始めたものはなかなか変えられないし、やめられない。Aさんは
「そこに手を付けずに、形だけのリスキリング研修をしても、参加者の身が入らないのは仕方ないでしょう」
とコメントした。
実際調査でも、リスキリングに取り組む際の課題として「従業員のモチベーションの維持が難しい」が42.0%とトップになっている。