「年収の壁」をはじめ、家庭と仕事の両立など多くの働き方問題解決の決め手の1つに「短時間正社員」がある。
働く主婦・主夫層のホンネ調査機関「しゅふJOB総研」(東京都新宿区)が2024年12月3日に発表した調査「短時間正社員に対する意識調査」によると、7割近くの人が「条件が合えば働きたい」と願っている。
「短時間正社員」を広げるにはどうしたらよいか。専門家に聞いた。
短時間正社員の経験者はわずか11.6%
しゅふJOB総研の調査(2024年9月17日~30日)は、就労志向のある主婦・主夫層460人が対象。
まず、短時間正社員として働いた経験を聞くと、「ない」(88.5%)が圧倒的に多く、経験者は約1割(11.6%)だった。
続いて、条件さえ合えば短時間正社員として働いてみたいかと聞くと、「働いてみたいし、実際になれると思う」(22.4%)と「働いてみたいが、実際になれないと思う」(43.5%)を合わせて約7割(65.9%)が「働いてみたい」と答えた【図表1】。
短時間正社員の求人情報の課題を聞くと、「求人の数が少ない」(72.4%)が圧倒的に多く、次いで「ハイキャリア層向けが多く、能力要件が厳しい」(45.9%)が続く【図表2】。まだまだ募集する企業が少ないのが現状だ。
短時間正社員の普及の妨げになっているものは何か。これを聞くと、「働く人の事例が少ない」(58.3%)が最も多く、「上司や同僚の無理解」(46.5%)が続いた【図表3】。現実に身近に働いている人を見ないと、イメージがわかないのだろうか。
「短時間正社員の希望者はすごく多いが、求人が少ない」
フリーコメントでは、短時間正社員として働いてみたい人からはこんな意見が寄せられた。
「子どものことも優先したいし、お金のことも大事で、短時間正社員を希望している人は周囲にすごく多いが、求人が少なく思い通りの働き方ができない」(30代:正社員)
「もっとさまざまな職種で普及してほしい。3歳までとか7歳までとか、時短制度が厳しすぎるが、実際もっと時短でないと働けない人は大勢いる」(50代:フリー/自営業)
「願ってもないことですが,テレワークができるとなおのことよい」(40代:今は働いていない)
「とかく子育て中世代だけを取り上げられるが、家族の介護はそれ以上に困難を伴う場合があるので、注目されるとよい」(50代:派遣社員)
一方、働いてみたくない人からはこんな危惧の意見が相次いだ。
「通常勤務の社員にしわ寄せがありそう。特に女性は受電対応をやって当たり前みたいなところがあるので、評価対象ではない部分のしわ寄せは他の社員に嫌われそう」(40代:今は働いていない)
「正社員はスキルや責任が求められる立場。短時間だと結局責任を持って最後までやり遂げることは難しい」(40代:派遣社員)
「正社員は無制限に働かせるもの、という思い込みがある限り、短時間正社員はサービス残業の温床になる」(60代:パート/アルバイト)
複利厚生の制度から、有能な人材獲得の戦略的手段に
J-CASTニュースBiz編集部は、研究顧問として同調査を行い、雇用労働問題に詳しいワークスタイル研究家の川上敬太郎さんに話を聞いた。
――今回の調査結果をどう受けとめていますか。
川上敬太郎さん 短時間正社員で働いてみたい人が7割弱いるのに対し、実際に働いた経験がある人は1割強に留まる状況から、希望する人にとって実現は難しい、夢の働き方の1つと位置づけられるのかもしれないと感じました。
また、短時間正社員の求人の数や実際に働く人の事例が少ないことからも、現時点では、絵空事とまでは言わないまでも、現実味の薄い働き方と受け止められている印象を受けます。
――それは残念ですね。しかし、さまざまな働く問題の解決法の1つとして短時間正社員が注目されているのはなぜですか。
川上敬太郎さん いまのところ、短時間正社員は福利厚生的な意味で設けられているケースが基本となっています。
育児介護休業法により、3歳未満のお子さんを育てている社員に関しては原則として1日の労働時間を6時間にする制度が設けられています。そうすることで、社員は育児と仕事を両立しやすくなり、職場側は定着率を上げることができます。
一方で、徐々に人事戦略の一環として短時間正社員を導入する職場も増えつつあります。業務さえ上手く設計できれば、1日8時間・週5日のフルタイムで働かなくても充分なパフォーマンスを発揮できるケースがあるからです。
すると、時間制約がある人材や副業したい人材なども戦力化しやすくなり、採用の間口が広がります。
――なるほど。福利厚生面の施策だったものが、有能な人材獲得戦略へと広がっているわけですね。
川上敬太郎さん 短時間で正社員として活躍できる業務を切り出せるようになると、社員に任せるタスクの内容やいつまでにどのレベルで仕上げればよいかといった、求めたい成果が具体的になります。
すると、社員は自分の仕事のゴールをイメージできてコントロールしやすくなります。さらに、並行してDXも推進することで、自律的な業務マネジメントが必要とされるテレワーク環境を整えることにもつながっていきます。
ひいては、障害やご自身の病気などで柔軟な働き方を望む人も活躍しやすい職場となり、多様な人材を戦力化しやすくなることも期待できます。
さらに、短時間正社員を導入する職場では勤務時間の長さに応じて給与が決まるケースが多く見られます。
仮に1日8時間のフルタイム勤務で年収800万円を貰っていた人が1日5時間の短時間になれば、給与は800万円の8分の5の500万円です。年収800万円の実力がある人を500万円で雇うことができてコストメリットがあります。
――企業にとっては、いいことづくめではないですか。
川上敬太郎さん 働き手にもメリットはありますよ。
短時間勤務だと高校時代のアルバイトと同じ仕事に戻ってしまうことが多々あり、社会に出てから培ってきたキャリアを継続できなくなりがち。ですが、経験やスキルが問われる短時間正社員であれば、キャリアを継続しやすくなります。
さらに、先ほどの例で示した給与が500万円といった水準であれば、100万円台で設定されているいわゆる「年収の壁」を超えても、働き損などが気にならないだけの収入を得られることになります。
「私なら1日5時間勤務でも十分な成果が出せる」と提案しては
――フリーコメントでは、私は「さまざま職種で普及してほしい」という希望の意見の一方、「正社員だけでもハードルが高い。短時間となるともっとハードルが高くなりそう」という否定的な意見が気になりました。川上さんはどのコメントが一番響きましたか。
川上敬太郎さん 「通常勤務の社員にしわ寄せがありそう」という声が印象的でした。短時間正社員に限らず、週休3日制や有休取得促進、テレワーク導入など柔軟な働き方に関連するテーマには、必ずついてまわる懸念です。
逆にいえば、同僚に業務のしわ寄せが生じなければ、短時間正社員を受け入れやすくなるということです。これは基本的に業務設計の問題になります。
短時間正社員がいることで対応できない業務が発生する場合、その業務に対応できるだけの人員を用意する。AIなどの機械で代替する。あるいは、その業務は捨てるといった業務の再構築が、短時間正社員導入の鍵を握っていると言えるのではないでしょうか。
――短時間正社員がもっと広がるためには、ズバリ、何が一番大切ですか。
川上敬太郎さん 正社員という概念自体に、そもそも曖昧な面があります。
そこにメスを入れて、まずは「正社員=フルタイム」という固定概念を疑うことから始める必要があります。正社員に求められている成果が、本当にフルタイムでしか発揮できないのかを問い直すということです。
そのうえで、正社員と呼ばれている人たちが担当している仕事をタスク単位で細かく洗い出し、短時間や短日数だけでも無理なく回せるよう再構築した形で業務を切り出す必要があります。
そのような業務再構築の権限は職場側にありますが、業務に精通している働き手自身から提案することも有効だと思います。
――どういうことでしょうか。
川上敬太郎さん たとえば、「長年人事に携わってきましたが、社員募集から採用基準の策定・改定、選考に特化すれば1日5時間勤務でも十分な成果が出せると考えています」などと自ら提案することで、短時間正社員として活躍できる道が拓ける可能性もあります。
そうやって、戦略的な短時間正社員が活躍する機会が増えていけば、実際に働く人を目の当たりにする人が増え、短時間正社員という働き方に対する周囲の理解も進んでいくのではないでしょうか。
並行して職場側では、短時間正社員をめぐる実情の変化に合わせて評価制度や就業規則などに修正をかけ、体制整備を進めていくことが大切になります。
不本意に働いている人々が、自分らしく働く方法だ
――しかし、それでもまだ否定的に考える人が多いです。
川上敬太郎さん かつてテレワークも、希望者は多いもののどこか現実味のない夢の働き方だと受け止められていました。
しかし、皮肉なことにコロナ禍を機に一気に広がり、まだまだ少数派ではあるものの、以前よりはるかに現実的で身近な働き方として認識されるようになったと思います。
副業の促進や男性育休取得率の上昇に象徴されるように、仕事と家庭の両立が女性だけでなく夫婦双方の課題になってきました。短時間正社員を戦力として取り込む動きは加速していくように感じています。
――時代は変わっているということですね。
川上敬太郎さん テレワークやフレックス勤務などに加えて、短時間正社員という働き方も選びやすくしていく。そうすると、これまで無理やり時間をやりくりしてフルタイム正社員として働いていたり、希望する水準に届かない賃金でパート就業していたりする不本意型就業者の方々が、本意の働き方へと転換できる可能性を高められるのではないでしょうか。
(J‐CASTニュースBiz編集部 福田和郎)