東京ディズニーリゾートでは残念ながら2023年に廃止されて話題になった「ファストパス」。短い待ち時間で優先利用できるシステムが人気だったが...。
企業の新卒採用で「就職ファストパス」を導入する動きが広がっていることが、就職情報サイトのマイナビ(東京都千代田区)が2024年11月7日に発表した「2025年卒企業新卒内定状況調査」でわかった。
内定を蹴った就活生に「ファストパス」を渡し、もう一度応募してきた時に採用選考で優遇措置をとるというもの。自社を見限った相手に企業として誇りがないのか。マイナビの長谷川洋介さんに話を聞いた。
企業は大ピンチ、採用充足率と内定者満足率が過去最低に
マイナビの調査(2024年9月6日~10月4日)は、2025年卒の大学生を採用する全国1616社の人事担当者が対象に、採用活動を振り返る企画。
まず、採用充足率(内定者数/募集人数)は70.0%(前年比5.8ポイント減)で3年連続の減少となり、現在の採用スケジュールになった2017年卒以降、過去最低の結果となった。
内定者満足度も「質・量とも満足」の割合が22.5%で、過去最低のありさまだ【図表1】。近年の採用状況の難しさが見てとれる。
2026年卒向け採用計画を聞くと、ほぼ前年度並みの内容で、「厳しくなる」世予想する企業が8割以上に達した。
一方、新入社員の退職も厳しい状況が続いている。【図表2】を見ると、入社年次がさかのぼるほど退職者が増え、4年前に入社した社員(2020年入社)が現在半分以下になっている企業が約2割あることがわかる。
こうした厳しい若手の人手不足の中、内定や入社を辞退した学生に対し、将来その学生が中途採用で再び自社に応募する際に選考を一部免除するといったいわゆる「就職ファストパス」を出す企業が出始めている。
「就職ファストパス」について聞くと、87.3%の企業が「実施しておらず、検討もしていない」と回答し、実施企業は2.0%だけだった。しかし、「実施していないが、実施を検討している」という企業が1割超(10.7%)あり、上場企業では約2割(17.0%)が今後実施を検討していると答えた【図表3】。
「就職ファストパス」は今後広がるのだろうか。
超売り手市場、大学生全体の数が減少し退職者は増える一方
J‐CASTニュースBiz編集部は、リポートをまとめたマイナビのキャリアリサーチラボ研究員の長谷川洋介さんに話を聞いた。
――調査を行なった時期は内定式がある10月ですが、それでも採用充足率が70%という過去最低の水準になったのは、ズバリ何が理由でしょうか。
長谷川洋介さん 売り手市場に伴う人材獲得競争の激化と、学生数そのものが年々減っていることが大きいです。大学生の人材としての希少性は年々増している状況ですが、獲得できる学生全体の母集団が縮小しているわけです。
そのうえ、転職する若手が増えています。ですから、新卒採用を行う目的が、前年に採用できなかった人員を今年の新卒採用で取り返す動きだけでなく、退職者の分を今年の新卒採用で補おうとする動きも増えているのです。
企業が人手不足に苦しむ売り手市場・採用難といえる状況が、採用充足率低下の要因の1つであると言えるでしょう。
――企業の人事担当者は大変ですね。充足してない人数をこれからどんな方法で獲得しようとしているのでしょうか。
長谷川さん 「今後(11月以降)も採用活動を継続する」と回答する企業は毎年増える傾向にあります。新卒だけでなく、中途入社の即戦力で補充したり、次年度の新卒募集を増やしたりする対応を検討しているようです。
退職者のOB組織「アルムナイ」から派生した採用方法
――自社の内定を蹴った学生に与える「就職ファストパス」も切羽詰まった手段と思われますが、どういうものでしょうか。かつての東京ディズニーリゾートのような、いわゆるプラチナチケットのようなものですか。
長谷川さん 「就職ファストパス」は、新卒採用で内定や入社を辞退した学生に対し、その学生が将来中途採用で再度選考を受ける際に、選考の一部を免除するといった優遇処置を意味しています。「就職ファストパス」以外にも「選考ファストパス」「プラチナチケット」などと言われることもあり、企業によって名称はさまざまです。
近年では、中途採用における「アルムナイ(卒業生)採用」が広がっています。過去に在籍した社員を学校の「OB」(卒業生)のように扱い、自社の人的資源と捉えて継続的にネットワークを築き、人材を再雇用するタレントプールの考え方です。「就職ファストパス」もその考え方から派生したのではないでしょうか。
――企業や個人にとっては、どんなメリットがあるのでしょうか。
長谷川さん 企業のメリットとしては、新卒採用で接点を持つことのできた優秀な学生とのつながりを維持することで、外部の労働市場に自社にマッチした人材をプールすることが可能となり、人材確保の手段が広がります。
学生のメリットとしては、就職活動では複数の内定を得ても最終的に入社できるのは1社だけです。将来、転職する際、志望度が高かった企業と今後も接点を持てることは、より多様なキャリアパスを描けることにつながります。
――しかし、企業にはプライドはないのでしょうか。一度は自社の内定を蹴った学生に対して、そこまでチケットを与える必要がありますか。
長谷川さん 新卒の採用は、選考過程で多くの採用工数がかさみ、業務負担が増えるものです。その点、一度は内定までいった学生は、自社の人材になり得ると評価を下した人物です。
すでに自社に対して一定の志望度・理解度があるため、一から採用広報をする手間がないメリットも考えられます。
おっしゃる通り、内定を辞退されることは企業としては悔しい結果ではあります。しかし、そうした学生にファストパスを渡すことは、優秀な人材と継続的に接点をもつ以外にも、人材採用に対して柔軟で寛容な企業であるとアピールができます。自社のファンを増やす、あるいは中長期的な人材獲得という点では大いに意味があると思いますよ。
企業の「太っ腹」を見せる外にも、さまざまなメリットがある
――なるほど。企業としての「太っ腹」のところを見せるわけですね。上場企業では17%が検討中とのことですが、「ファストパス」は今後広がると思いますか。
長谷川さん 実施企業している企業からは「内定を辞退して、他社に入社したが合わず、当社に転職した実績がある。社内の実情をより深く知った状態で入社してくるので、ギャップが少ない」という声がありました。入社後のギャップが少ないと、中長期的な人材定着につながっていくものと考えられます。
こうした「ファストパス」のさまざまなメリットが理解されれば、ひろがっていくものと考えられます。
(J‐CASTニュースBiz編集部 福田和郎)
【プロフィール】
長谷川洋介(はせがわ・ようすけ)
株式会社マイナビ社長室 キャリアリサーチ統括部キャリアリサーチラボ研究員
2017年中途入社。「マイナビ転職」の求人情報や採用支援ツールの制作に携わった後、現職の新卒採用領域を担当。就職活動中の学生を対象にした調査や、就職活動生の保護者調査などを担当、若年層の思考や世代間ギャップなどに関心を持つ。その他関心領域は、エッセンシャルワーカー、SFプロトタイピングなど。