「年収の壁」対策の議論が加速するなか、企業の9割が「103万円の壁」の見直しを希望していることが、帝国データバンクが2024年11月14日に発表した「『103万円の壁』引き上げに対する企業アンケート」でわかった。
人手不足が深刻化するなか、パートなどの働き控えの解消につながると同時に、減税効果による消費拡大という一石二鳥の期待があるようだ。
しかし、税収減という日本経済を揺るがす重要課題も控えている。そこを企業はどう考えているのか。調査担当者に聞いた。
「103万円の壁を見直せば、働き控えが解消し消費も拡大...」
帝国データバンクの調査(2024年11月8日~12日)は、1691社の企業(うち大企業246社、中小企業1445社)が対象だ。
まず、日本の社会全体にとって「103万円の壁」引き上げをどう考えるか聞くと、引き上げに「賛成」が67.8%、「反対」は3.9%だった。また、103万円の壁自体を「撤廃すべき」と答えたのが21.9%で、「賛成」と「撤廃すべき」を合わせた約9割(89.7%)の企業が103万円の壁の見直しを求めた【図表】。
引き上げに賛成の企業からは、「103万円の壁を意識するパートの方が多く、引き上げれば働き控えが解消される」(飲食店)、「最低賃金の引き上げが加速するなか、制度の見直しは避けられない」(運輸・倉庫)、「減税効果により消費活動が活発化する」(不動産)と、働き控えの解消と減税によって手取り収入が増える効果を期待する企業が多かった。
一方で、引き上げには賛成ながらも、「社会保険料の106万円・130万円の壁もあるので、所得税の見直しだけでは働き控えはそれほど変わらない」(情報サービス)と社会保険料も含めた制度見直しの必要性を求める指摘も。
また、「撤廃すべき」と回答した企業からは「働いても税金を払うことが損になるとの世間の風潮を感じる。103万円の壁は制度が古く、撤廃し、働いたら金額に関わらず応分の税を徴収する文化が最も公平」(情報サービス)と、複雑な制度の刷新と公平性を求める意見もあった。
一方、反対の立場からは「壁の引き上げによって財源不足となり、増税となるのではないか」(建設)という疑問の声が上がった。
経団連会長は慎重意見、全国知事会は猛反対なのに...
J‐CASTニュースBiz編集部は、帝国データバンク情報統括課の調査担当者に話を聞いた。
――約9割の企業が「103万円の壁」の見直しを求め、反対はわずか約4%でした。担当者としてこの結果は予想通りでしょうか。
経団連の十倉雅和会長は、経済界を代表して会見で「税収減の問題もあり、慎重に議論を進めてほしい」と述べたし、全国知事会会長の村井嘉浩宮城県知事からは「地方は財政破綻する」と反対の声が出ています。
調査担当者 昨今のニュース報道を勘案して、「引き上げ」が多いという回答状況は想定通りです。「反対」については、やや慎重論が少ない印象でした。引き上げに反対する企業からは、税収の不足分を何で補うのかと疑問を呈する声や、財源不足による地方経済への痛手などを指摘する声がありました。
――これほど企業の間から「見直し」を求める意見が多かった理由は、ズバリ何が一番大きいと考えていますか。
調査担当者 やはり、人手不足の問題が大きいと考えます。年収の壁を意識した従業員の働き控えに直面する企業が多いなかで、少しでも人手不足問題の軽減につながる可能性に期待したいということがあります。
また、最低賃金の引き上げを含み、賃上げが急速に日本社会で動き出し、長きにわたり改定がないことへの問題点の再認識の後押しもあろうかと思います。
さらに、複雑な現行の制度の刷新や公平性を求める声もあります。それらを受けて多くの企業が「見直し」を求める結果になったと考えられます。
――そのうえ、減税による消費拡大も期待しているのですから、一石三鳥を狙っているわけですね。「見直し」を求める声については、大企業と中小企業との間や、業種によって違いはなかったのでしょうか。
調査担当者 規模や業界ともにはっきりとした差異はありませんでした。「見直し」を求める意見は、企業全体の大きな傾向と考えられます。
働く人には「103万円」より「106万円・130万円」の壁のほうが重要
――リポートでは、「見直し反対」のコメントは1社しか掲載されていませんが、ほかにも紹介してください。
調査担当者 見直し反対では、税収減少の不安が大きいです。たとえば――。
「税収の減少は、地方経済にとってはかなりの痛手となる。働き手にとっては歓迎すべきことなのかもしれないが、企業にとっても社会保険など半額補填をしなければならず、相当な負担増になる」(専門商品小売)
「自社では103万円以下のパートタイマーはいないので関係はないが、税収不足を何で補うのだろうか」(情報サービス)
「103万円の引き上げに対応する煩雑な作業のほうがコスト高だと思う」(その他の卸売)
などといった意見です。
――現在論議が社会保険料の「106万円」と「130万円」の壁にも移っています。この点に触れた企業のコメントにはどんなものがありますか。
調査担当者 厳しく受け止めている意見が目立ちます。たとえば――。
「103万円の壁を引き上げたところで、次に社会保険の『130万円の壁』があるが、そこはどう考えていくのか。所得税よりも社会保険料の負担のほうが大きく、178万円になったからといって手放しに喜べない。そもそも現在扶養の範囲内で働いている人は、税制面と社会保険面の「扶養内」を考えて働いているのだから、そこをセットで考えるべき」(鉄鋼・非鉄・鉱業)
「社会保険料の壁への対応は、中小企業にとっては保険料が負担増ともなるので、助成が必要」(医療・福祉・保健衛生)
「最低賃金を上げても、働く時間を減らして結果的に103万円以内しか働かないことで、会社としてはもっと働いてもらいたくても、働く本人は金額調整して働くことになってしまう。106万円の壁や130万円の壁も社会保険料を払うことになると、そこで本人は制限して働くことにつながり、すべて撤廃することが望ましい」(その他の卸売)
財政難の一方、手取り増の消費喚起効果、デメリットとメリットの議論を
――なかなか難しいですね。担当者として年収の壁問題の解決方法をどう考えていますか。
調査担当者 103万円の壁が注目されている今が、社会保険料を含めた制度の見直しを検討するよい機会だと考えます。
働き控えが減ることによる人手不足の緩和や労働者の手取り収入アップにつなげるためには、106万円や130万円の壁と併せて議論していくのが望ましいと考えます。
ただ一方で、社会保険料を折半する会社負担の増加をどうするかも考えなくてはなりません。103万円の壁の引き上げだけでなく、税や社会保障、さらには配偶者や扶養者の控除など、壁それぞれを連動して総合的に議論していく必要があるでしょう。
また、財政が厳しくなると同時に、手取り増による消費喚起効果など、メリット、デメリット両者が国民にも分かりやすく議論されていくことが望ましいと思います。
(J‐CASTニュースBiz編集部 福田和郎)