自らのキャリアは、自らが主体的に責任を持って開発しようという「キヤリア自律」という言葉が20~30代の若手を追い込んでいる。
人材総合支援サービスのリクルートが2024年10月2日に発表した「企業情報の開示と組織の在り方に関する調査2024 第二弾」によると、若手の離職理由の半数以上が「十分なキャリア構築がされない」と不安を抱いていることがわかった。
どうすれば企業が若手の期待に応じられるか。また、若手が自らキャリアを磨くにはどうすればよいか。リクルートの藤井薫さんに話を聞いた。
キャリアに関する対話は、現場の管理職に任せている企業が4割
このリポートは、リクルートが2023年に行った「企業情報の開示と組織の在り方に関する調査2024」(1万71人の就業者対象)の第二弾。企業の人的資本経営において欠かせない視点である「働く個人にとってのキャリア自律」と「従業員の人材開発」を中心にまとめた。
キャリア自律とは、働く個人が自らのキャリアについて主体的に考え、責任を持ち、自らキャリア形成に取り組む状態を意味する。昭和の高度成長期では、企業側が従業員の研修を行ない、異動・配置・昇進・昇格する過程でキャリア形成の責任を負っていた。しかし、現在はキャリアアップの自律が求められている。
リポートのポイントは次の3つだ。
(1)働く個人に「キャリア自律」という言葉の印象を聞くと「期待を感じる」「重要な課題であると感じる」がともに約4割。一方で、「キャリア自律」ができていると感じている個人は4人に1人(24.0%)。期待が高い半面、達成度が低い。そのギャップを解消するためには職場の支援が重要だ。
(2)働く個人の「キャリア自律」への期待を、いかに実現させるか。そのカギとなる対話の実態を見ると、「キャリアに関する対話は、現場の中間管理職にほぼ任せている」と回答した人事担当が4割超(42.5%)。また、個人で「上司と中長期的なキャリアイメージの対話ができた」と回答した人は2割以下(16.8%)。対話の質の課題が明らかに【図表1】。
(3)こうしたキャリアに関する対話不足を背景に、20~30代の直近の離職理由を聞くと「十分なキャリア構築がされないと思った」が半数以上(54.8%)に達した。「上司は仕事だけでなく人生を含めた観点でアドバイスをくれた」が2割以下(17.5%)と低いことも対話の質の課題を示している【図表2】。
リポートでは、
「企業は働く個人の『期待が大きいゆえの失望のリスク』を認識し、会社単位・職場単位・個人単位で、一人ひとりのライフ・キャリアの未来展望に向き合う必要がある」
と訴えている。
「自分の強み・持ち味・市場価値が分からない」悩み
J‐CASTニュースBiz編集部は、調査を担当したリクルートHR統括編集長の藤井薫さんに話を聞いた。
――20~30代の若手の間でキャリア自律に関して「重要な課題だ」と感じている人が半数近くいます。ところが、その一方で、不安や息苦しさ、焦りを感じる人が3割近くいます。若い人が、キャリア自律を意識するあまりプレッシャーを感じているということでしょうか。
藤井薫さん 多くの方がキャリア自律の重要性を認識しながら、同時に不安や息苦しさや焦りを感じる背景には、VUCA(ブーカ)と呼ばれるビジネスの不確実性の高まりがあります。
VUCAは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という4つの言葉の頭文字をとった造語です。
これまでの長期雇用保障を前提とした日本型雇用の転換があると捉えています。デジタル化やグローバル化が加速する非連続なビジネスで、自らのスキルやキャリアがコモディティ化(市場価値の下落)していないか? 人生100年時代の長く働く時間のなか、1つの企業や1つの事業サービスに過剰に依存しないで、活躍し続けるためにはどうしたらいいか?
こうした自分の将来キャリアの重要性と、変化の方法への不安がこれまで以上に増大している証だと思います。
――若手がみんな、必ずしも悲観的ではないということですか。
藤井薫さん 一方で、キャリア自律に対して期待や希望を感じている方も一定数おり、ポジティブな想いとネガティブな想いが入り混じっている状況が見受けられます。
2023年に実施した調査では、キャリア自律に関する課題として「何をしたらいいか分からない」が最も多く、続いて「自分の強み・持ち味・市場価値が分からない」という回答が約3割ずつ上位に挙がりました。キャリア自律実現に向けたヒントを見いだせていない個人が少なくないことが明らかになりました。
キャリア自律に対して希望や期待を持ちながらも、自分の現状がまだ道半ばであり、その実現に向けた具体的な方法を見つけられていないことが、多くの方にとって不安の原因になっていると考えられます。
どこでも通用する「エンプロイアビリティ」(雇用される能力)を磨こう
――20~30代の離職理由に「充分なキャリア構築がされないと思った」と「先輩・ベテラン社員を見て不安を覚えた」が半数を超えます。今の会社にいつづけることによる将来のキャリアへの不安だと思いますが、このように、若手が不安に陥ってしまうかもしれない企業のありかたについてどう考えますか。
藤井薫さん 先に述べたように、VUCA(ブーカ)社会によるスキルのコモディティ化の加速と、日本的雇用慣行の転換を背景に、これまでの長期雇用保障に代わる、「エンプロイアビリティ」を高めたいという意識が高まっています。
「エンプロイアビリティ」(employability)は雇用される能力のことで、Employ(雇用する)とAbility(能力)を組み合わせた言葉。平たく言えば、転職できるための能力を示し、これが高いと転職や再就職の際に有利になるといわれています。企業内外を越えた労働市場におけるビジネスパーソンとしての価値ともいえます。
ビジネスの変化を前提に、多くの事業領域を越境し、スキルをアップデートしたいと望む個人は、キャリア構築や学習の機会の有無や、先輩社員がどの程度スキルをアップデートしているかといった観点に敏感になっていると言えるでしょう。
自身が期待するキャリアイメージとのギャップに不安を感じている方が多くいらっしゃることを表しているかと考えられます。これは自身のキャリアに対する関心が高まっているとも捉えることができるでしょう。
しかし、職場でのキャリア自律に関する課題として「評価基準が不明瞭である」とか「将来のキャリアの展望について、上司や人事と話す機会がない」といった回答が半数近くありました。多くの個人が「将来のキャリアへの機会の少なさ」に課題を感じていることが分かりました。
企業に求められるのは、若手に限らず全ての社員に対して、各自のキャリアに寄り添い、自らがビジネスの変化に対して、学び成長したくなる機会を整備することです。そして、従業員のパフォーマンスと未来のエンプロイアビリティを高める、コミュニケーションの深化が求められます。
忙しすぎる管理職のために、「複数制」導入の企業も
――たしかにそのとおりですが、「従業員のキャリアに関する対話は、基本的に現場の中間管理職に任せている」企業が約4割というのは、無責任ではないですか。そうでなくても管理職は、仕事が過剰に多いのが現状です。
藤井薫さん 「従業員のキャリアに関する対話」は現場のみに任せるのではなく、経営、人事、現場の三者が一体となって進めていくことが重要です。
役割の多様化に伴い、一般的に管理職の業務量は増加傾向にあります。リクルートワークス研究所の調査(2019年)によれば、ミドルマネージャーの約9割がプレイングマネージャーであることが明らかになりました。
マネジメント業務に加え、プレイング業務も行わなければならない状況では、キャリア対話に割く時間が充分に確保できないケースが多く見受けられます。さらに、管理職がピープルマネジメントに関する十分な知見を持ち合わせていないケースも多く、これもキャリア対話の実現を難しくしている要因の1つと考えられます。
こうした課題に対応するため、マネジメント業務を複数名で分担する企業も増えつつあります。これまでのあり方を見直し、管理職のリスキリングも含め、従業員とのキャリアに関する対話を十分に行えるような仕組みを経営と人事と現場が主導して構築していくことが大切です。
――なるほど。ところで気になったのは、リポートの中にある「企業の人事担当者からは、キャリア自律意識を高めると離職してしまうのではないかという意見も聞かれる」という箇所です。ここはどういう意味でしょうか。
藤井薫さん 一般的に、企業は従業員に対して長期的に活躍し続けてほしいという期待を持っています。その一方で、個人がキャリア自律意識を高めることで他社に転職してしまうのではないか、という不安を抱える企業も一定数存在します。
しかしながら、実際のところ、個人のキャリア自律を高めるような施策を行う職場は、従業員にとって非常に魅力的であり、人材の定着にプラスの効果をもたらす傾向があります。今回の調査でも、キャリア自律を促進する職場環境が人材の定着も促進するという結果が示されました。
したがって、個人のキャリア自律を高めるための施策を導入することは、職場の求心力を高める有効な手段です。企業は従業員のキャリア自律を支援することに向き合い、具体的な施策を実行することが重要です。
自ら上司や先輩に、キャリアに関する対話の場の提案を
――企業が社員のキャリア開発に熱心とは思えない状況のなかで、20~30代の若手はどのように自身のキャリア自律を進めていけばよいでしょうか。
藤井薫さん 重要なことは、企業と個人が互いに責任を持ち、キャリアを共創していく姿勢です。企業側が個人のキャリアに真摯に向き合い、支援することはもちろんのこと、個人も自身のキャリアに対して責任を持ち、積極的に向き合うことが求められます。
個人がキャリア自律を高める具体的なステップとして、自ら上司や同僚、先輩に対してキャリアに関する対話の場を提案してみるのもよいでしょう。キャリアに関して他者からのフィードバックや新たな視点を得る機会にもなります。加えて、社内にどんな仕事があるのか、積極的に情報を収集するのもよいでしょう。
自分のありたい状態を描くヒントが得られるかもしれません。こうした取り組みを通じて、自身の持ち味を内省し、ありたい状態に向けてどういったスキルや経験を積むべきか思考することが、キャリア自律のための新たな視点を見つけるきっかけになると考えます。
――最後に、今回の調査で特に強調しておきたいことがありますか。
藤井薫さん 個人のキャリア自律に対する職場の支援がまだまだ足りないことが大きな問題であるととらえています。キャリア自律は個人に委ねられるものではなく、企業と個人が共創しながら高めていくべきものと考えています。
企業は個人のキャリア自律に真摯に向き合い、必要な投資を積極的に行うことが重要です。それが真の人的資本経営のあり方であり、企業の持続可能な成長と競争力の向上にもつながると考えています。
(J‐CASTニュースBiz編集部 福田和郎)
【プロフィール】
藤井 薫(ふじい・かおる)
リクルート HR統括編集長、『リクナビNEXT』編集長
1988年リクルート入社以来、人材事業に従事。TECH B-ing編集長、Tech総研編集長、アントレ編集長、リクルートワークス研究所Works編集部、リクルート経営コンピタンス研究所を歴任。
デジタルハリウッド大学特任教授、情報経営イノベーション専門職大学客員教授、千葉大学客員教員。厚生労働省・採用関連調査研究会の委員歴任。著書に『働く喜び 未来のかたち』(言視舎、2018年)。