上場企業の早期希望退職募集の動きが加速している。日経平均株価が市場最高値を更新、2024年7月11日に初めて4万2000円台を付けるなど、上場企業は好調なはずではなかったか。
東京商工リサーチが2024年10月7日に発表した「2024年1~9月上場企業『早期・希望退職』募集状況」によると、早期希望退職募集が昨年同期の4倍に達した。
しかも黒字企業が6割。人件費減らしのミドル世代ではなく、30歳からの若手にも広げているのが特徴だ。いったい、今なぜ。調査担当者に聞いた。
コロナ禍依頼、3年ぶりに年間1万人を超える可能性も
東京商工リサーチの調査によると、2024年1~9月に「早期希望退職募集」が判明した上場企業は46社で、前年同期の1.5倍に達し、すでに2023年年間の41社を超えた。対象人員も8204人と、前年同期の約4倍に大幅に増加【図表1】。コロナ禍の2021年以来、3年ぶりに年間1万人を超える可能性が出てきた。
上場区分は、東証プライムが32社(構成比69.5%)と約7割を占めた。また、直近通期最終損益(単体)は、黒字27社(58.7%)、赤字19社(41.3%)で、黒字が約6割を占める【図表2】。
直近では、リコー(募集人数1000人)が大型の早期希望退職を実施し、構造改革を進める構えだ。また、複数回の募集実施として、東北新社、ワコールホールディングス(HD)、ソニーグループの3社があった。対象者の年齢が最も低いのは30歳からで、対象者の低年齢化も進む。
業種別では、複合機事業を手掛けるリコーやカシオ計算機など、電気機器が11社で最多。次いで東北新社など情報・通信業が7社、工場停止に伴い募集を発表したワコールHDなど繊維製品が4社と続く【図表3】。
東京商工リサーチでは、
「金利上昇や為替の乱高下など、経営環境が不透明さを増すなか、業績好調な企業は構造改革を急ぐ一方、業績不振の企業は事業撤退などに着手し、コロナ禍の2021年以来、3年ぶりに年間1万人を超える可能性が出てきた」
と分析している。
黒字なのに大幅募集のソニーグループ、リコーの狙い
J‐CASTニュースBiz編集部は、調査を担当した東京商工リサーチ情報部の本間浩介さんに話を聞いた。
――今の時期に対象人数が昨年同期の4倍、社数も1.5倍に加速している理由はズバリ、何でしょうか? それほど今の日本経済は荒波の真っただ中にあるということでしょうか。民間の新規タンクの調査によると、東証プライム上場企業の今年冬のボーナス予想は過去最高になるとの調査も出ていますが。
本間浩介さん 2024年は製造業、輸出企業を中心に、円安の恩恵や値上げで業績が押し上げられ、最高益をあげる企業が多くみられました。
従来、早期希望退職は不況時に実施する企業が増えますが、コロナ禍を経てこれまでと異なる傾向をみせています。募集実施の理由が、業績悪化よりも経営環境の変化への対応、新規分野への進出に伴う既存分野の縮小、撤退による人員削減などが増えています。
賃金上昇による固定費削減の意味もありますが、黒字企業が約6割を占めることから、業績が好調のうちに構造改革を進める企業が増えています。このため、人員削減が進んでも、今冬のボーナスが過去最高ということは十分考えられます。
――黒字企業が27社で6割を占めるとありますが、具体的に著名な企業を挙げ、なぜ業績が好調なのに早期希望退職を募るのか、背景を説明してください。
本間浩介さん 2024年に黒字で募集を行ったソニーグループは、ゲーム事業を手掛けるソニー・インタラクティブエンタテインメントが、国内外で人員の約8%に及ぶ900名の早期希望退職を実施しました。ゲーム事業はコロナ禍の巣ごもり需要で経営環境は良好でしたが、コロナ禍が一巡し、グループ全体としては変化が大きいゲーム事業は身軽化し、今後の持続的な成長を推し進めていきたいという考えがあるのだと思われます。
複合機事業のリコーは9月に国内外で2000名の募集を発表しました。リコーは黒字ですが、複合機事業はペーパーレス化を背景に市場は縮小傾向にあります。また業績は赤字ですが、同業のコニカミノルタは4月、国内外で2400人の早期希望退職を発表しました。
リコーは東芝テックと複合機事業で業務提携を結び、コニカミノルタは富士フイルムホールディングと複合機の部品調達における業務提携を進めています。このような需要減少による業界再編では、将来性を見越した早期希望退職は避けられないでしょう。
コロナが収束した今、社員が過剰のIT系で進む若手リストラ
――なるほど。赤字企業ではどんな背景があるのでしょうか。また、どう立ち直ろうとしているのでしょうか。
本間浩介さん 赤字企業では、情報通信業のいわゆるIT系企業が複数社見られ、DX事業を手掛けるスカラや、モバイルオンラインゲームを手掛けるgumiなどの企業が募集を実施しました。
コロナ禍ではDX化が叫ばれ需要が増え、IT系企業は人員を確保しました。しかし、コロナ禍が収束した今、社員が過剰の情報通信会社も出てきました。そのため、現在の需要に見合った人員の適正化を図っていると思われます。IT系はコロナ禍で、非常に変化が大きかった業種のひとつです。
――ところで、募集の対象者の年齢がもっとも低かったのは、「30歳から」とあります。通常のリストラなら人件費がかかる40~45歳からが多いと思いますが、なぜ「30歳」と年齢を引き下げるのでしょうか。
本間浩介さん これまでリストラは人件費が高い年代が対象でしたが、最近は不採算事業の止血を急ぐ企業がプロジェクトや事業ごと縮小するパターンが見受けられます。 今回、30歳からの早期希望退職を実施した協和キリンは8月にグローバルでの研究体制への移行で、国内の一部創薬業務を大幅に縮小し、関連プロジェクトの中止を発表しました。協和キリンの募集は、事業縮小のため30歳以上が対象になりました。
また、シャープの子会社で液晶ディスプレイ製造の堺ディスプレイプロダクトも7月に、工場の稼働停止による500名募集を東京商工リサーチの取材に答えました。
こうした事業縮小では年齢はあまり意味を持ちません。人件費が高騰するなかで固定費削減を図り、不採算事業を見直すと、募集対象の低年齢化も進行すると思います。
若手の希望退職はキャリアアップ、従業員と企業双方にプラスに
――う~む。それぞれの企業と社員にとっては大変な事態ですね。こうした企業の早期希望退職募集の加速は、人材の流動化進展のためには日本経済にとってプラスとみますか、それともマイナスですか。
本間浩介さん 人手不足が喧伝されていますが、人材の流動化は数値だけで短絡的に測れるものではありません。個々人の能力、適性、意欲などの面からも見る必要があります。
大胆に言えば、賃上げが低い、賞与が少ないなど、金額面の不満であれば成長企業で人手が足りない企業に移るメリットはあるでしょう。また、キャリアアップにつながるケースも、従業員と企業の双方にプラスになると思います。
ただ、年齢的に職業分野の選択肢が狭まる中高年の離職は、次の職が見つかりにくく、失業保険などで社会保障面の負担が増えます。欧米のように転職が日常であれば、早期希望退職募集の加速は企業業績にプラスになり、社会的にもメリットが大きくなりますが、日本ではまだ転職市場の評価が曖昧なだけにマイナスの側面が強く出るかもしれません。
――今回の調査で特に指摘しておきたいことがありますか。
本間浩介さん 構造改革で成長分野以外の人員削減が目立ちますが、人員削減は優秀な人材流出というリスクも抱えています。また、同僚の退職はモチベーション低下を招くかもしれません。
人員削減は複雑な状況を招きかねないリスクを考えるべきでしょう。また、対象者の生活を支えることにも配慮し、従業員へ特別退職金の支給や再就職支援など、きめ細やかな支援を一層強化すべきと思います。
(J‐CASTニュースBiz編集部 福田和郎)