「俺のJRを辞めて、親と決別してまで11年追いかけた夢はすぐに手元から離れた」
続く投稿で、自身のこれまでを振り返り現在の心境を明かした。
かつてはJRに勤務していたといい、「大企業にいても自分自身を満足させれなくてDJというキラキラした仕事を見つけた瞬間にすぐにJRを辞めて飛びついた」。当初はなかなか仕事に繋がらず、無給で活動をしていたという。
徐々に仕事が増え「トントン拍子でDJ社長と一緒に行動するようになってカメラ撮ったり、動画編集したり格闘技出たり、ラップバトルしたり本当に貴重な時間を過ごせた」と振り返った。
独立後、「日本人DJ "DJフミヤ" として色んな海外のアーティストとスタジオに入って音楽を語り 一緒に曲を出そうぜ! って言われ」と海外アーティストとの仕事が決まっていたことを明かすも、「それを出す直前にこうやってSNSで叩かれて 今ではその話は吹き飛んでった」と立ち消えてしまったという。
「俺のJRを辞めて、親と決別してまで11年追いかけた夢はすぐに手元から離れた」「俺なんてそんな器だったんだよ。ずっと裏方やってれば良かったんだ」とつづった。
投稿には、「まだまだフミヤくんを心から応援し続けてくれる人はいっぱいいるよ!」とエールを送るファンもいる一方、「反省してます風に見せかけただだの被害者ヅラ」など苦言の声も多く寄せられている。
俺は10年以上DJをやってきた。
— DJフミヤ ???????????? (@fumiphone9) October 3, 2024
兵庫県で生まれて大阪のド田舎で育ち
野球しかやって来なかった俺は
JRという大企業にいても自分自身を
満足させれなくてDJという
キラキラした仕事を見つけた瞬間にすぐに
JRを辞めて飛びついた
DJを最初始めた時はお金なんて
貰えるはずもなく…