民主党のカマラ・ハリス副大統領と、共和党のドナルド・トランプ前大統領が激突する米大統領選挙。世論調査では僅差でハリス氏がリードしていると伝えられるが、予断を許さない情勢だ。
2人の経済政策はどう違うのか。どちらが大統領になったほうが、世界経済や日本経済にとってプラスなのか、あるいはマイナスになるのか。
米大統領選挙を経済面からウォッチし続けている第一生命経済研究所のエコノミスト前田和馬さんに話を聞いた。
法人税率を引き下げるトランプ氏、引き上げるハリス氏
第一生命経済研究所経済調査部の主任エコノミスト前田和馬さんのリポートは「ハリス氏が政策アジェンダを公表」(2024年8月20日)と、「ハリスノミクスvs.トランポノミクス」(2024年7月26日)の2つだ。
民主党のハリス副大統領と、共和党のトランプ前大統領が対決する米大統領選の行方を、税制や通商などの経済政策の比較から分析した。
まず、税制ではトランプ氏は2025年末に失効する富裕層向けのトランプ減税(第1次政権時にスタート)の延長が柱。そして、法人税率を21%から15%に引き下げる。
これに対してハリス氏は、所得制限付き児童税額控除の拡充など、低所得者や中間層を中心に減税を打ち出している。また、法人税率を21%から28%に引き上げるとしているのが大きな違いだ【図表】。
関税では、トランプ氏は全輸入品の一律10%~20%の関税を主張。さらに対中国関税を60%に引き上げるとしている。ハリス氏は2024年8月30日現在、具体的な関税政策を発表していないが、バイデン政権の政策を維持するとみられる。
2人が大きく異なるのは環境政策だ。トランプ氏は「パリ協定」からの脱退を表明。就任初日から石油などの化石燃料を増産、ガソリン価格を引き下げると主張する。ハリス氏は気候変動対策の国際的な協調を維持する立場。再生エネルギーの普及に積極的で、環境投資を推進するとみられる。
焦点となっている移民政策では、トランプ氏は不法移民を強制送還すると主張。ハリス氏も超党派で合意した国境警備法案を成立させ、メキシコ国境の取り締まりを強化するとの立場だ。
トランプ氏は富裕層、ハリス氏は中間層にアピール
J‐CASTニュースBiz編集部は、リポートをまとめた前田和馬さんに話を聞いた。
――ハリス氏とトランプ氏の経済政策は、ズバリどこが大きく違うでしょうか。
前田和馬さん 一番大きな違いは税制です。まず、トランプ氏は第1次政権で成立したいわゆる「トランプ減税」を延長する方針です。これは富裕層向けの所得税や贈与税の優遇措置ですが、2025年末に期限を迎えます。これを恒久化すると言っています。
それに加えて、広範囲に大幅な減税を行なうと主張しています。低所得者層や高齢者への減税、さらにチップ収入の非課税化も強調して、飲食や宿泊などの接客業に従事するマイノリティーへの支持拡大を狙っています。
そして、企業向けには法人税率を21%から15%ほどに下げると訴えています。
――そんなバラマキ政策で、財源の裏付けは大丈夫なのでしょうか。
前田和馬さん 本人は関税収入で賄うと主張していますが、それだけでは足りません。米国では議会が予算法案を作り決定しますから、実現できるかどうかは不確実です。有権者へのアピールという意味で、ポピュリズム的といえます。
ただ、仮に実現したとしても、全体的には富裕層の方がメリットは大きいでしょう。トランプ減税の延長は年収が45万ドル以上、日本円にして約6500万円を超える層が約半分の恩恵を受けると言われています。
11月は大統領選と同時に議会選も実施されます。仮に、上下院の第一党が異なるねじれ議会となる場合、民主党はこうした富裕層への支援に反対し、法案の成立を阻止するでしょう。
――一方、ハリス氏はどんな税制を打ち出しているのですか。
前田和馬さん ハリス氏は、トランプ氏のバラマキ型に対して、分配色が強いです。
特に、年収が40万ドル以下の層が減税の恩恵を受けられる仕組みを考えています。「中間層の強化が最大の仕事」と民主党大会の指名受諾演説でも訴えましたが、中流労働者層へのアピールを狙っています。
なによりトランプ氏と大きく違うのは、法人税率を21%から28%に引き上げ、これを原資に中間層を手厚く支援する点です。法人税を下げるというトランプ氏の政策は、米国企業や株式市場にとっては受けがよいでしょう。ただ、ハリス氏は労働者層の有権者に強くアピールする必要があります。
「企業性悪説」で取り締まるハリス氏の検事的発想に疑問
――どういうことでしょうか。
前田和馬さん まず、富裕層と中間層のどちらを優遇するかという点では、同じ規模の予算を使う場合、中間層の方が富裕層よりもお金を使ってくれます。つまり、経済の押し上げ効果が高いのです。富裕層のお金の使い道は主に贅沢品ですが、中間層は生活用品など新たに消費したい気持ちが強いと考えられます。
それと、バイデン政権の経済政策は、猛烈な物価高(インフレ)を引き起こしたとして米国民の怒りを買っています。トランプ氏は副大統領のハリス氏にも責任があると批判しているため、ハリス氏はインフレに困っている中間層や低所得層にアピールする必要があります。
――それほどバイデン政権の経済政策の評判が悪いのですか。
前田和馬さん 正直、誰が政権を担っても、近年のインフレは避けられなかったと思います。
コロナという歴史的な大イベントによって景気がどん底に落ちたあと、そこからの回復期には需要が急増しました。一方、世界的な物流は混乱した状況が続きました。
また、現金給付などの財政支援の効果も上乗せされますから、物価が急上昇するのは経済の原則です。世界各国で激しいインフレが起こり、たとえばイギリスでは政権交代につながるなど、うまく対応できた国はほぼありません。
前回2020年選挙でトランプ氏はコロナ真っ只中のために負けましたが、逆に今回は人々のインフレへの不満を上手く利用しているといえるでしょう。
――トランプ氏は、ハリス氏を「反企業的」だとして、ファーストネームの「カマラ」と「コミュニズム(共産主義)」をもじって、「カミュニズム」と批判していますね。
前田和馬さん トランプ氏はバイデン政権のインフレを厳しく批判していますが、彼が主張する法人税率引き下げや、バラマキ減税がもし実現すれば、企業活動が活発になり、消費も盛んになるわけですから、インフレが再び加速します。そういう点では、非常にちぐはぐな政策です。
一方で、カリフォルニア州で地方検事や州司法長官として企業と戦ったというハリス氏は、「強欲インフレ」だとして企業の不当な値上げを取り締まると主張しています。また、食品企業の合併を監視して、健全な価格競争が起きるようにするとしています。
しかし、こうした「企業性悪説」に基づく価格統制策は、実際に実現しようとすれば、共和党のみならず民主党内の穏健派からも疑問の声があがると思われます。
検事的な発想で取り締まればいいというものではなく、政府の強い介入は市場の歪みをもたらす可能性があります。経済は、個々の企業や消費者個人のインセンティブで動くものではないでしょうか。
トランプ発言は常に割り引いて聞く必要がある
――なるほど。もう1つ、世界が注目しているのは「関税」の問題ですが、トランプ氏とハリス氏ではどこが違うでしょうか。
前田和馬さん トランプ氏の主張は非常に過激です。対中国の関税を60%に引き上げるとか、国内産業を保護するために「全輸入品に一律10%~20%の関税を賦課する」と演説で語るなど、従来の「一律10%の関税」からさらにエスカレートしています。
――大変じゃないですか。輸入品の物価が上がって困るのは米国民ではありませんか。
前田和馬さん そのとおりです。第1次トランプ政権で対中関税を引き上げた時、それによるコストは米国の企業と家計がほとんど負担したと言われています。
しかし、トランプ氏の主張は2つの側面でみる必要があります。1つは、本人に本当にその気があるのかどうか。もう1つは、その気があったとしても実現できるのかどうかです。つまり、常に割り引いて聞く必要があるということです。
トランプ氏はビジネスパーソンです。第1次政権の時も、関税引き上げを交渉材料に使い、相手国に「米国の農産物を輸入しろ」とか、「米国に工場を作り、米国人を雇用しろ」と持ちかけた例があります。
台湾政策に関しても、トランプ氏が中国との交渉材料に使うのではないかと懸念する声があります。さすがに周囲が止めるでしょうが、もし短期的な目線だけで外交方針が変わるとなると、米国の国際社会での信用は大きく損なわれるでしょう。
対中国強硬策は、大統領令だけで可能なのが怖い
――もう1つの実現性についての疑問とはどういうことですか。
前田和馬さん 一律の関税に関しては議会の承認が必要で、共和党と民主党の勢力が拮抗している現在、実現するのは高いハードルです。しかし、対中関税については、通商法232条(国家安全保障の脅威除去)や通商法301条(不公正貿易の是正)に規定があり、大統領令だけで実現可能とみられます。実際、第1次政権の時にこうして対中関税を引き上げました。
また、一律の関税引き上げに関しても15%までなら、大統領令で最長150日(約5か月)可能との見方があります。トランプ氏がディール(取引)に使うリスクは十分考えられます。
――困ったものですね。5か月とはいえ、15%の関税引き上げは相手国の痛手になるし、60%もの関税を中国に課したら、そうでなくても減速傾向にある中国経済が大打撃を受け、世界経済に混乱が起こるのではないでしょうか。
前田和馬さん 各国ともサプライチェーンの見直しを含めて、対応を迫られるでしょう。世界経済の見通しに暗雲が立ち込めるのは避けられません。
――その点、ハリス氏の対中国への経済政策はどうなのでしょうか。
前田和馬さん 多くの国々と強調して中国に対する包囲網を築くという、バイデン政権の基本政策を維持するとみられます。対中脅威論の世論は根強いため、バイデン大統領もトランプ前政権が課した対中国の高い関税をほとんど維持しています。さらに今年5月には中国製電気自動車(EV)等への追加関税を発表するなど、「国内経済に影響がない範囲で」対中姿勢を強めています。
民主・共和両党とも、現在の米国で「自由貿易」を推し進める政策はほとんど考えられなくなっています。ハリス氏が中国に明らかな融和姿勢を取ることは考えにくいです。
<「ハリスVSトランプ」米大統領選「経済政策」比較...どちらが勝つと世界と日本にプラス? 最悪シナリオは米国債のデフォルト(2)/第一生命経済研究所・前田和馬さん>に続きます。
(J‐CASTニュースBiz編集部 福田和郎)
【プロフィール】
前田 和馬(まえだ・かずま)
第一生命経済研究所経済調査部主任エコノミスト(担当:米国経済、世界経済、経済構造分析)
2013年慶應義塾大学経済学部卒、2023年カナダ・ブリティッシュコロンビア大学経済学修士課程修了。
大和総研にて経営コンサルタント及びエコノミスト、バークレイズ証券でエコノミストを経て、2023年8月より現職。