株式会社ロピアは、「100%売場主導」の事業部制を採用し、徹底的な現場への権限移譲を行い、社員の主体性重視の経営を進めている。その結果、3割が赤字(2023年11月、帝国データバンク)ともいわれる食品スーパー業界で、破竹の勢いで成長を遂げている。
人材育成支援を手掛ける、株式会社FeelWorks代表の前川孝雄さんが、ロピアの丸の内オフィスを訪問し、株式会社OICグループ経営戦略本部 本部長 兼 人事総務本部 本部長の浜野仁志さんに対談形式でインタビューを実施。同社の組織運営の背景にある経営理念、人を育て活かす考え方と仕組み、その成果と課題、今後の展望などについて、深く話を聞いた。
《お話し》浜野 仁志さん(株式会社OICグループ 経営戦略本部 本部長 兼 人事総務本部 本部長)《聴き手》前川 孝雄(株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師)
全体最適より部分最適優先?!
<100%売場主導!徹底した現場への権限移譲で急成長...ロピアがめざす、働きがいある職場とは【インタビュー】>の続きです。
前川 一方で、そうした現場主義を貫く上での、困難や課題はありませんか。本部と現場の方針のズレや、仕事の属人化などの問題は生じませんか。また、課題に対しては会社としてどのように対処していますか。
浜野さん 強みの裏返しやトレードオフの課題もあります。一つ例を挙げるなら、事業部経営が強すぎる点です。
たとえば「○○県産フェア」のような全社的な販促を行いたい時、一般的なスーパーマーケット企業であれば、本社の指示に従って全店で売り場を設置し、本社一括で仕入れた商品を導入することが可能でしょう。
しかしロピアの場合、売り場や商品の権限は各事業部やチーフにあるため、全店で統一した売り場の設置や販促、さらには異なる事業部同士の商品をセットで販売することも難しいです。たまたま同じ店舗で仲の良いチーフ同士が融通し合うような例は有り得ますが、本部長や店長が指示して従わせるものではないのです。
このような難しさはありますが、それでも理念の共感に基づくチーフ経営のメリットの方が勝ると考えています。
ただし、チーフたちは部下である従業員のマネジメントも担っているため、基礎となる理念の伝達がブレてしまっては問題です。そこで、近年弊社ではチーフへの理念教育を重視しています。
前川 詳しく教えてください。
浜野さん 実は弊社は、新卒採用者約250人に対してキャリア採用者が約350人(いずれも23年度実績)と、キャリア採用者の比率が高い会社です。全く異なるバックグラウンドを持ち、新たに弊社に参加していただく従業員でも一人前のチーフへ育ってもらえるよう、以前は半日で行っていたキャリア採用者研修を1泊2日の合宿に拡充し、私たちの思いやこれまでの歩み、そしてこれから目指していくものを、しっかりと伝える機会にしています。
理念を伝える教育だけではなく、弱みを補う教育も強化しています。弊社は商品への情熱を持った従業員が数多く働いていますが、一方で接客サービスやスキルについてはまだまだ改善できる余地があります。従業員がより理念に相応しい行動を取れるように、本部からは基本的な部分ではありますが、笑顔での対応や丁寧な声掛けといった意識面の働きかけを行っています。現在は店舗側の教育チームと連携しながらマナーやモラル、ハラスメント予防などの研修を整備している最中です。
弱みを補う施策にはいろいろな選択肢が考えられますが、接客人員の拡充といったコストアップを伴う施策は、結果的に価格転嫁に繋がり、お客様にご迷惑をかけてしまいます。理念を実現できる店舗や会社であり続けるために、何をどのように手当てしていくべきか、難しい舵取りが必要な部分ですね。
AIはあくまで現場の判断を助けるツール
前川 人材不足と技術進化もあり、巷ではAI活用による店舗運営、セルフレジや無人店舗なども登場してきています。こうしたなかで、人がなすべき仕事や働き方はどうあるべきか、どう変わっていくとお考えですか。
浜野さん 今後人手不足が進み、人件費が大幅に上がっていくこと必至です。作業の効率化を進めるために、各店舗の業務の一部をセンターに集約し、店舗業務を軽減していくことになるでしょう。
一方、店舗の従業員が行う業務とそうでない業務に関しては、きちんと見極めていきたい。たとえば、AIに販売予測を立てさせて、それに従って働くだけになってしまうと、仕事はつまらなくなりますよね。AIを使うとしても、判断のサポートツールとして予測を立てることに用いつつ、最終判断は現場の裁量に委ねるという形になると思います。
企業は社会の変化に機敏に対応し続けなければ生き残れませんが、変えるべき部分と変えてはならない部分があります。そのなかでも、常に店舗の判断によって物事を動かしていく形は変えてはならないと感じます。それが従業員の働きがいや、働く楽しみにつながっているのですから。
さきほどのセンター化の例でも、効率的だからといって、何でもかんでもセンター化すべきかというとそうではないかもしれません。たとえば、お肉をどうトリミングしカットするかなどは、アートとして創造的な楽しみの部分があるかもしれない。そうであれば、現場に残すことも必要だという考えです。
前川 すでに台湾で事業展開されているものの、現在は国内展開中心ですが、今後更なるグローバル展開はありますか。
浜野さん OICグループ(オイシーグループ。2023年に株式会社ロピア・ホールディングスより株式会社OICグループに社名変更)のビジョンとして、明確にグローバル展開を目指しています。
社名のOICは「『Oishii is Culture!』=『おいしい日本食とは、新しい食文化だ!』という意味で、O・I・Cでひとつのストーリーになっています。OICグループの経営理念は「日本の食を届け、新たな文化をつくり、世界の人を健やかに」です。グループ一丸となって、おいしい日本の食文化を世界に伝えてきたいと考えております。
そのうえで、特にアジアへの展開は不可欠のミッションだと考えています。
前川 グローバル展開を進めるなかで、現場に任せる人の活かし方についてはどうお考えですか。
浜野さん グローバル展開では、より現場に任せる方向が強くなると思います。なぜなら、食文化というのは国によって大きく異なるからです。日本国内ですら、関東と関西で食の好みや味付けが異なるほどですから、海外となればなおさらです。日本の食を広めるとはいっても、日本の味をそのまま届けて価値提案するものと、現地に合うものにアレンジするものを見極めることが必須であり、それには現地の方の力が不可欠です。
現地開拓の最初は日本のOICグループが行うとしても、最終的には現地の方に委ねていきたいと考えています。台湾でも、すでに管理部門のトップは現地の方に任せています。
若手の早期離職も、理念やビジョンへの共感がなければ引き留めない
前川 角度を変えて、社員採用に関する方針や課題についてうかがいます。新卒採用者250人に対しキャリア採用者350人という比率はうかがいました。それぞれの特徴を教えてください。
浜野さん まず店舗においてキャリア採用の方は、ほぼ全員が食に関わる前職経験をもとに入社してこられます。
それに対し、新卒採用者は基本的には勤務経験が無いため、フラットな状態から始まります。学歴を問うことはほぼありません。大卒に限らず短大卒、専門学校卒、高卒と幅広く採用してきましたし、出身校を問うこともありません。
もちろん、高卒18歳、大卒22歳という、年齢に応じた初任給に差はあります。しかし、成果に従って職位と給与が上がりますし、チーフ昇格後も学歴や年齢による序列はありません。
前川 特に若者の採用に向けて意識されていることはありますか。昨今、多くの企業が若手の採用難と早期離職に悩んでいますが、御社では困っている状況はありませんか。
浜野さん たしかに新卒採用で困ってはいます。それは弊社が急成長中を遂げており、採用人数を毎年拡大しているからです。
来春には450人の新卒採用を目標としているのですが、マンパワーも不足しておりますので、採用担当者の採用に努めているところです(笑)。私を含め各本部長、事業部長は日々の面接で予定が埋まる程です。しかし、チーフ経営を大切にする弊社ではやはり人がすべてですから、採用には力を尽くしています。
新卒の離職率については、大卒の入社3年後3割程度と、一般的な業界平均値と変わらないと思いますが、配属先でのチーフのマネジメントの拙さや、人間関係の相性の悪さなど「もったいない離職」を防ぎ、比率を下げていきたいとは思っています。ただ、私は離職すべてが悪いとは思っていません。職場や仕事が合わないと思う方を無理に引き留めるのは、お互いにとって不幸なことですから。
正直なところ、この頃の学生は念入りな準備をして就活に臨まれるので、時間の限られた面接だけで相手を見極めるのは難しいです。特に高校生は面接練習をしっかりして、自己紹介や志望動機を暗記されて来られる方が多く、人となりがわかりにくい場合が多いですね。
比較的初任給が高いこともあって、より高い収入を得るためや、地方から東京に出る足掛かりのために就職されるケースもありますが、あまりお金ありきで入社してほしくはありません。
前川 やはり理念やビジョンへの共感が第一ということですね。
浜野さん はい。お客様を喜ばせ、感動や驚きを与えられるのが先で、その結果として売上が伸びて給与が上がる、というのが正しい順序です。自分の待遇を上げるためだけに働くのは弊社では好まれませんし、実際に成功もしづらいです。
前川 全く同感です。私たちも人材育成を支援する企業で、給与や待遇など働きやすさより働きがいを重視する組織風土を醸成しています。
私自身、経営者として「隗より始めよ」を肝に銘じ、社内でも「お役立ちが第一。その結果『ありがとう』としてのお代を頂くのがビジネス」と語り続けています。御社では、組織の理念やビジョンを起点にした経営が気持ちいいほど真っすぐで、素晴らしいですね。
M&Aでは、自社にはないナレッジやマインドを取り入れ、相乗効果を高める
前川 M&Aにも積極的に取り組まれていますが、やはり成長スピードを求めるが故でしょうか。
浜野さん M&Aには2つのパターンがあると思います。
1つは、自社でもできる事業だけど、早期の規模拡大のために時間を買うものです。もう1つは、自社にはノウハウがないために、社外からナレッジを取り入れるものです。弊社の場合、どちらかといえば後者の比重が高いです。
OICグループのミッションは、食を通じて世界中の方の人生を変えていくことです。そこで、食に関連する分野限定ではあるものの、未知の事業に対しても積極的にチャレンジを続けています。
前川 具体例はありますか?
浜野さん 最近の例では、24年4月にはバーベキュー事業を行う「タイシステム」という会社に仲間入りしてもらいました。ロピアは精肉商品が強みの一つなので、全国の店舗のうち、屋上などに遊休スペースがある施設でバーベキュー・コーナーを併設し、店で買った食材を、そのままカートで運んでバーベキューできるようにするなどで食品スーパー×バーベキューのシナジーを発揮していきたいと考えています。
また、グループ内で作っているプライベートブランドの調味料をたくさん並べた調味料バーのようなものも面白いね、とか、肉をその場で切り分けるグラム売りのパフォーマンスを見せてはどうかなど、OICグループならではの企画についても相談しています。
前川 それは美味しそうで、楽しそうですね。ほかにもありますか。
浜野さん 創業160年の歴史を持ち、過去には皇室献上品も手がけていた老舗醤油製造会社「とら醤油」にも、昨年23年に仲間入りしてもらいました。そこで作った上質な調味料をロピアの店舗で販売するほか、グループ会社で業務用として使用することも考えています。
前川 メディアにもよく登場される、秋葉弘道社長が営むアキダイもグループ会社になられましたね。
浜野さん はい。秋葉社長は青果についての知見が豊富な方で、売り方も上手です。本来、スーパーマーケットはセルフサービスなので、あまり声掛けをしませんが、アキダイでは、「〇〇が今旬なので、おいしいよ」などお客様に声掛けを行いながら販売をしています。ロピアとしては、アキダイから特徴を語ったり、お薦め品を紹介したりといったような販売する楽しさや方法を学べると考えています。
前川 両社で交流はあるのでしょうか。
浜野さん 現在、ロピアからアキダイに若手社員を派遣しています。アキダイのマインドを学びつつ、それがロピアのマインドと融合することで新しい人材が育っていくというプラスの相乗効果を期待しています。
仲間入りした会社に私たちの理念や文化を理解してもらうことも必要ですが、一緒になった会社のよい所を私たちが学ぶことも大切です。
小売に特化してきたロピア、OICグループは、農畜産業、メーカー、商社、市場、外食、また他の小売とも接する中で、さまざまなナレッジを吸収して変化してきました。今後も食を通じてお客様に喜びや感動をお届けするために、M&Aによりさまざまな業種、業態の新しい会社に仲間入りしていただき、新しい価値を提供できるように変わり続けていきたいと考えています。
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