厚生労働省が2024年8月6日に発表した6月分の毎月勤労統計調査によって、物価上昇分を差し引いた「実質賃金」が27か月ぶりにプラスに転じた。
これで家計は楽になるのか。働く主婦・主夫層のホンネ調査機関「しゅふJOB総研」(東京都新宿区)が翌8月7日に発表した「家計のゆとりについての意識調査」によると、「家計にゆとりがない」人が7割に達する。
しかも、コロナ最悪期の2021年よりも「ゆとり」がない人が多い。今後、家計はよくなるだろうか。専門家に聞いた。
家計負担1位、2024年は「食費」、2021年は「教育費」
しゅふJOB総研の調査(2024年7月25日~8月1日)は就労志向がある子どものいる女性363人が対象。
まず、家計にゆとりがあるかどうかを聞くと、「十分ゆとりがある」と「どちらかといえばゆとりがある」を合わせ、「ある」という人が27.5%。
一方、「まったくゆとりがない」と「どちらかといえばゆとりがない」を合わせ、「ない」という人が65.9%だった【図表1】。
これを、コロナ禍の最中だった2021年の同様の調査と比較したのが【図表2】だ。2024年では2021年より「ゆとりがない」が1.6ポイント上回っている。
次に家計支出の負担になっている上位5項目を、2024年と2021年とで比較したランキングが【図表3】だ。
2024年では「食費(米・野菜など)」がダントツの1位だが、2021年の1位は「教育関連費(学校・塾など)」だった。いかに現在、食費が高騰しているかがわかる。
そして、負担さえなければ、もっと購入・利用した項目を聞いて、2024年と2021年とで比較したランキングが【図表4】だ。現在は「旅行」がダントツの1位だが、2021年では「趣味・習い事」が1位だった。
「子どもの習い事をさせてあげられず、罪悪感を覚えます」
家計のゆとりのなさについて、フリーコメントではこんな切実な声が寄せられている。
「育ち盛りの子の食費がかかるので、補助がほしい」(40代:SOHO/在宅ワーク)
「カツカツの生活はもう限界です」(50代:派遣社員)
「毎日の献立が大変なのに、値段まで切りつめないといけないのはつらい」(40代:パート/アルバイト)
「もう少し子どもの習い事や普段経験できないこと(旅行等)をさせてあげたいなと思い、罪悪感を覚えます」(40代:正社員)
「マイホーム、マイカー。一世代前の当たり前という価値観が重荷でしんどい。マイホームをあきらめる、いや後回しにすることでささやかなゆとりがある程度」(40代:パート/アルバイト)
「大学進学を控えた子どもが2人いて、塾や学費の負担が悩みの種です。奨学金も返済義務のあるタイプしか該当せず、子どもの将来を考えると親が支払うべきと考えます。自分の老後の準備もしなくてはならず不安しかない」(50代:パート/アルバイト)
「世間では給料が上がったなどの報道をよく耳にするけど、自身の家庭には特にその効果はまったくない」(40代:今は働いていない)
ジワジワと値上げ、真綿で首を絞められる苦しさ
J-CASTニュースBiz編集部は、研究顧問として同調査を行い、雇用労働問題に詳しいワークスタイル研究家の川上敬太郎さんに話を聞いた。
――2021年といえば、コロナが一番ひどく、先がまったく見えない時でした。その時より「ゆとりがない」と答えた人が多いのは驚きです。
川上敬太郎さん 2021年から2024年までの間に、家計全般に関わる大きな変化が2つありました。1つは新型コロナが2類から5類に移行し、コロナ禍がひと段落したことです。
コロナ禍は非常につらい経験でしたが、一方で外出してお金を使う機会が減るなど、むしろ一時的に家計のゆとりが生まれたケースも見受けられました。しかし、経済活動が再開していくなかで、出費機会もコロナ前の状態へと戻ってきていると感じます。
もう1つは、ここ数年物価が上昇し続けていることです。スーパーに行くたびに高くなっていることに慣れました。1回の値上げは大きな額ではなくても、それが多品目に渡って繰り返されると、真綿で首を絞められるように家計が圧迫されます。
その苦しさが、2024年の調査に如実に表れていると思います。
――たしかに家計支出の負担ランキングをみると、現在のトップが食費。エンゲル係数が上がっている印象を受けます。一方、2021年ではトップに教育関連費。余裕さえ感じますね。
川上敬太郎さん 食費、水道・光熱費は、2021年比で比率が大きく上昇しています。食費は42%から62%。水道・光熱費は28%から50%。どちらも20ポイント以上も上昇しており、日々の生活に欠かせない費用の負担感が、この3年で急激に上昇したことが見てとれます。
家計にゆとりが出る人、出ない人の格差が広がる?
――フリーコメント欄が、全体的に「生活苦感」にあふれて切ないです。川上さんはどのコメントが印象に残りましたか。また、2021年調査のコメントで心に響いたものがあれば教えてください。
川上敬太郎さん 特に響いたのが、「家計にゆとりがあれば、もう少し子供の習い事や普段経験できないこと(旅行等)をさせてあげたいなと思い、罪悪感を覚えます」という声です。
家計が圧迫され、お子さんにも我慢を強いている状況、そのことをとても歯がゆく感じている状況が伝わってきて、心に突き刺さるつらさを感じました。
一方、2021年調査に「コロナ禍の中、常に感染リスクを気にしながら生活しなければならない」という声がありました。3年前は3年前で、マスクなしでは外出できない、気軽に人と会うこともはばかられる窮屈さに耐え続けてきました。そして、いまは家計がさらに苦しくなっています。
ずっと、何かに耐えなければならない状況が連続するなか、人々は歯を食いしばってがんばり続けていることが改めて感じられます。
――実質賃金がようやくプラスに転じたわけですが、川上さんはズバリ、今後、家計にゆとりが出る人が増えると思いますか。
川上敬太郎さん 春闘の賃上げ率は33年ぶりに5%を超えたと言われますし、最低賃金も過去最大の引き上げ額を更新するなど、賃金上昇の傾向にあるのは間違いないのだと思います。そのため、家計にゆとりが出る人は増える可能性があると思います。
ただ、すべての人に恩恵をもたらすとは限りません。賃上げがない会社に勤めている人もいれば、仕事を失ってしまった人、最低賃金が上がっても扶養枠内に収めるため年収は変わらない人など、個々に異なる事情の方々がいます。一方で物価は上がったままの状態です。
そのため、家計にゆとりが出る人とそうでない人との差が広がってしまう懸念もあるのではないでしょうか。
賃上げなしでも、職場環境改善でできることが多い
――今回の調査で、特に強調しておきたいことがありますか。
川上敬太郎さん コロナ禍に耐え、増税に耐え、物価上昇に耐え、と人々はずっと耐え続けてきています。実質賃金が上昇に転じたことは明るいニュースですが、大切なのはそれが継続していくこと、またすべての人にその恩恵がもたらされることです。事態が好転するまでにはまだ時間がかかる可能性があります。
一方で、日々の生活は今日も明日も続いていきます。家計のゆとりが得られるよう、経済の循環が良くなるのを待っている間も、いまできることを改善していくことで心のゆとりを感じられる場面は増やせるかもしれません。
すぐに大きく賃金を上げられなくても、勤務時間や休暇取得を柔軟にしたり、テレワークしやすくしたりと、職場でできることに取り組み、少しでも心にゆとりをもたらすような環境整備についても忘れずに進めていっていただきたいと思います。
(J‐CASTニュースBiz編集部 福田和郎)