上司の言葉がけひとつで、モチベーションが高まった経験はありませんか?
実際のエピソードや感動的なエピソードを取り上げ、人材育成支援企業FeelWorks代表の前川孝雄さんが「上司力」を発揮するヒントを解説していきます。
今回は、切望したプロジェクト・メンバーに抜擢されたものの、思わぬ事態に遭遇した若手リーダーの奮闘エピソードです。
若い世代や幅広い客層にも受けるキャッチーなビジョンを!
このエピソードは<「そんなビジョンはダサい」 気持ちをひとつにしようと奮闘も...メンバーからの「ダメ出し」で窮地に>の続きです。
Mさんがメンバーに提案した、新店舗ビジョンのたたき台は
『美味しさと笑顔とおもてなしで、地域の元気と絆を育てる店』
というものでした。
これに対し、「そんなビジョン、ダサくてダメでしょ!」と真っ向から否定したA君。
周りのメンバーが固唾を飲んで見守るなか、Mさんは一瞬言葉を失いましたが、気を取り直して言いました。
「これはたたき台だよ。僕が決めるのではなく、皆で話し合って納得いく言葉にできればいいと思っているんだ...」(Mさん)
するとA君は、少し緊張した面持ちながら、次のように語り始めまたのです。
「Mさんの案、意味はわかりますよ。皆の意見もだいたい反映していますし...。でも、かたいんですよ。特に若い世代や、他のエリアから来る幅広い人に受けるには。これからはインバウンドも大事だから、外国人客にも伝わるくらいキャッチーなのにしないと。たとえば『美食shop Wakuwaku-Hughagu』とか『Omotenashiの店 Commons House』とか...」
すると...皆、少し驚きながらも、安堵した様子で口々に語り出しました。
「Aって、意外とキャッチコピーのセンスあるんだな!」
「確かに...自分たちの思いを込めながらも、お客さん目線も大事だよな...。」
「それにしても、Aの案だって少し古くないか~(笑)」
「でも、今は昭和レトロブームだから、ちょうどいいかも!」
Mさんは、皆の和気あいあいとなったやり取りに、胸を撫でおろしました。
「(A君も、ちゃんと考えてくれていたんだな...)」
この時を境に、A君も皆と一緒の輪に入れるようになったのです。
順調に進んだ出店準備...そしていよいよ当日
新店舗のビジョンは、A君のアイデアをたたき台にした改良案にて決定。
メンバーは、大きくキッチン担当とホール担当に分かれて、大車輪で開店準備に取り掛かりました。
キッチン担当メンバーは、地産地消の目玉メニューをいくつか作ろうと、地元の農家や市場を回り、仕入れ食材探しと調理研究に余念がありません。
ホール担当メンバーは、店内装飾に工夫を凝らし、観葉植物やプランターをいくつも飾り、アジアリゾートテイストの木材家具を効果的に配置するなど、落ち着きがありながらハイセンスな店内デザインに仕上げました。
A君はというと...。
ホール担当者数人からなる「マーケティング・広報チーム」のリーダーも兼務。近隣エリアの顧客層調査とニーズ分析を行い、メンバー全員で共有。次いで、開店記念キャンペーンの企画や、メニューと広報チラシの作成にと力を注ぎました。
さらに、新聞への折り込み手配、近隣へのポスティング、さらにオリジナルSNSを立ち上げるなど、大活躍でした。
こうして迎えた新店舗オープンの初日に待っていたのは...。
なんと、11時の開店前から店頭に人の列ができ始め、午後のランチタイム終了予定時間まで行列が尽きないほどの大繁盛!
ディナータイムも事前予約で満席、2週間先まで予約で埋まるほどの好スタートを切ったのでした。
その日、閉店後に行った同店内でのメンバーの軽い打ち上げも、おおいに盛り上がりました。
Mさんは、初めてこのチームに着任した時のことを思い出していました。下を向いていた皆が一つになることで、短期間でこれだけの仕事をやり遂げたことに、感無量でした。
すると、打ち上げ解散間際にA君がやってきました。
「今日までおつかれさまでした。いろいろと、ありがとうございました。仕事がこんなに面白いものだなんて、今まで思ってもみませんでした。また明日からも頑張ります。よろしくお願いします!」
Mさんは、「本当に、おつかれさま!」と一言声をかけ、A君と握手をするのが精いっぱい。涙腺が緩むのを堪えながら、頼もしくなったA君の後ろ姿を見送るばかりでした。
「ピグマリオン効果」と、共通のビジョンに向かい自走するチームの力が生み出すもの
このエピソードから得られる、「難しいチーム」に対処するためのヒントを押さえておきましょう。
1つは、上司が部下を信頼し期待することが、部下のモチベーション向上に与える力の大きさです。
皆さんは、「ピグマリオン効果」と「ゴーレム効果」をご存じでしょうか。
親や教師や上司が子どもや部下に「こうなってほしい」「こうなれるはず」と期待を持ち続けると、相手はそれに応えるように成長してくれるのが「ピグマリオン効果」。
これに対し、相手に関心も期待も持たず放任したり、マイナス評価ばかりを与えたりしていると、やる気を失くし、本来の力未満にパフォーマンスを下げてしまうのが「ゴーレム効果」です。
Mさんのもとに集まったメンバーは、皆各店舗から押し出された、いわば落ちこぼれ人材。以前の職場では評価も低く期待もされず、まさにゴーレム効果で後ろ向き状態でした。
こうしたメンバーに対し、Mさんは一人ひとりを信頼しようと心に決め、各自の強みを引き出し活かそうと、期待をかけました。そのことが、ピグマリオン効果を発揮したといえるでしょう。
当初、もっとも対応困難だったA君の変化は、その力の大きさを物語っています。
もう1つは、共通のビジョンに向けて、メンバーが一丸となることの力の大きさです。
Mさんがメンバーの気持ちをひとつにしようと毎朝行った定例会は、まさにビジョン・ミーティングでした。
皆で自分たちの望む店のあり方や仕事のビジョンを語り合い、一人ひとりの思いを込めながらひとつの理想の店舗像を描いていくものでした。
同じビジョンや目標でも、上層部や上司から降ろされてきたものは、どうしても「押し付け感」や「やらされ感」が伴います。
これに対し、たとえ拙い内容でも、自分たちで話し合い腹落ちして決めたビジョンであれば、その実現に向けてメンバーが一丸となれるのです。
「難しいチームメンバー」への対応に苦慮している上司の皆さんは、自分自身の部下との向き合い方がその原因になってはいないか、内省してみることも大切です。
(紹介するエピソードは実際にあったものですが、プライバシー等に配慮し一部変更を加えています。)
【筆者プロフィール】
前川 孝雄(まえかわ・たかお):株式会社FeelWorks代表取締役。青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授。人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業のFeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。
近著に、『部下全員が活躍する上司力5つのステップ』(FeelWorks、2023年3月)、『部下を活かすマネジメント「新作法」』(労務行政、2023年9月)、『Z世代の早期離職は上司力で激減できる!』(FeelWorks、2024年4月)など。