自分の将来のキャリアについて、あなたは自律的に考えているだろうか。
日本と米国のビジネスパーソンの間で、驚くほど大きな差があることが、リクルートが2024年7月4日に発表した「個人のキャリアに関する日米比較 ミドル世代の状況とキャリア自律の効果」で明らかになった。
調査で浮かび上がったのは、主体的に自分のキャリアを考えようとしない日本人の姿だ。いったい、どうすれば、生き生きと自分のキャリアをみがけるか。リクルートの近藤裕さん聞いた。
日本のミドルの半数が、キャリアに何も取り組んでいない
リクルートの調査は、リクルート・Indeed「グローバル転職実態調査2023」のデータを用いて追加の分析を行なった。2023年10月から11月にかけて、米国と日本で同数の1248人ずつのフルタイム勤務者(直近で転職を経験し、これまでに務めた企業数が2社以上)を対象に比較調査を行なった。
まず、キャリアに対する取り組みを日米比較するために、「将来のキャリアに対して取り組んでいること」を聞くと、全体的に日米で差が大きい結果となった。
特に目立ったのが「将来のキャリアに対して取り組んでいることがない」人の割合だ。
日本のミドル世代(40歳~59歳)は47.1%の人が取り組んでいることがない。その一方で、米国のミドル世代では8.5%しかおらず、差は約38ポイントも開いている。これは、若い世代(20歳~39歳)も同様で、その差は38ポイントも広がっている【図表1】。
具体的な取り組みで差が大きかったものは、「キャリアプランの明確化と目標設定」(日本12.0%、米国44.2%)、「ネットワークを広げてつながりを築く」(日本14.1%、米国39.9%)といった項目だ【図表2】。
キャリアについて考える機会も日米差が顕著だった。
ミドル世代ではキャリアデザインに関する教育・研修等を「学生時代に受講したことがない」という割合が日本で80.0%、米国では38.1%で、差は41.9ポイントも広がった。社会人になっても受講したことがない割合が、日本では全世代で米国を大きく上回った【図表3】。
特に興味深いのは、日本では、上司からキャリアのアドバイスをもらえる機会が非常に少ないことだ。
「勤務先の上司は、仕事やキャリアのアドバイスをしてくれるか」と聞くと、日本では、「仕事がうまくいくよう助言や支援をしてくれる」の割合が米国よりも高かったが、それ以外の項目では米国のほうが高い結果となった【図表4】。
この上司の対応の大きな違いは、どういうわけなのだろうか。
欧米では、会社内よりジョブの市場価値で給与が決まる
J‐CASTニュースBiz編集部は、調査を担当したリクルートのHRエージェントDivisionのVice President(事業責任者)近藤裕さんの話を聞いた。
――【図表1】の将来のキャリアに対して、取り組んでいることがない人の割合の日米比較が衝撃的です。なぜこれほどの大差が出るのか、ズバリその理由は何だと考えていますか。
近藤裕さん 日本的雇用慣行と呼ばれる制度や仕組みによる影響が大きいと考えています。キーワードとして、「終身雇用」「年功序列」「企業内労働組合」が上げられますが、それらが働く個人に与える影響を、「会社内」「転職」の2つの点からお話しします。
「会社内」では、企業が定年まで雇用をし続ける「終身雇用」や、勤続年数や年齢に伴って賃金や役職が上がる「年功序列」を保証する代わりに、会社が強い権限を持ってきたことが大きいと思います。
働く個人からすると、会社の強い人事権(異動や転勤など)に従うことが前提となるため、「自分のキャリアについて自分自身で考えたり、能動的にアクションを起こしたりする機会を失ってきた」と考えられます。組織への連帯や結束が高まる一方、同一企業内でのステップアップが中心の考え方になりがちです。
――なるほど。かつて「社畜」という言葉がありましたが、会社に飼いならされて、自分の意思で決めるキャリアアップを放棄してしまうのですね。「転職」の面ではどういうことになりますか。
近藤裕さん 「1社に勤めあげること」が制度上の前提だったため、企業の採用は欠員募集であることが多く、中途採用に対して積極的ではなく、働く個人にとっては転職先の選択肢が少ない状況でした。
また、中途入社者に対しての評価がフラットではなく、転職によって賃金や役職があがるといったインセンティブが起こりづらい状況になっていたと思います。だから、転職自体を前向きにとらえる人が少なく、結果として、キャリアについて考える機会を逸してきた人が多かったと考えられます。
対して欧米では、その会社内というより、ジョブ(ポスト)の市場価値によって給与が定められるため、自分の経験や能力がマッチしていれば、転職によって高い給与や役職を得ることが可能です。だからこそ、企業に自分のキャリアを預けるよりは、自身の専門性や経験を軸として同一企業内に閉じないステップアップやキャリアを考える人が多いと思います。
企業にすべてを任せず、自分にあったワークスタイルや活躍できるフィールドを定期的に点検することが大事になってきていると感じています。
会社に任せず、自分から「キャリアの棚卸し」を
――【図表2】の将来のキャリアに対して取り組んでいることの日米比較では、「キャリアプランの明確化」や「ネットワークのつながりを築く」で大きな差がでています。この2つに大差が出た理由は何でしょうか。
近藤裕さん 日本では、会社の内でも外でも、「キャリアについて考える」機会がなかったり、「キャリア相談」できる環境が整っていなかったりすると感じています。
就職や転職を希望される人をサポートするキャリアアドバイザーが、求職者の方々と日々面談をしていますが、転職に関する具体的なアドバイスをする前に、その方のご興味やどんな強みや経験をお持ちなのか、まずは、その対話から始めさせていただくことがほとんどです。
こうした「キャリアの棚卸し」の機会は、最近、年齢を問わず求めていらっしゃる方が増えていると感じています。
――自分のキャリアについて会社に任せず、もっと真剣に考えようということですね。
ところで、【図表3】のキャリアデザインに関する教育・研修の日米差も非常に興味深いです。まず、学生時代に受講したことがない人が、特に日本のミドル層で多いのはどういうわけでしょうか。やはり、新卒一括採用&終身雇用によって企業が教育するという機会が多くなかったのでしょうか。
近藤裕さん これも、日米の雇用慣行の違いが背景にあると考えています。
日本は終身雇用によってキャリアは会社に委ねる、特にミドル世代の方が就職をした時代ではその考えが社会一般的なことだったため、会社の中でのOJT(職場内訓練)を中心とした教育・研修が中心だったのではないかと考えています。
現在は、キャリアを幅広くとらえる考え方になってきており、少しずつ、キャリアガイダンスを大学でも実施するようになってきています。そのため、20代、30代の方の中には、学生時代に受講したことがある人が多いと考えられます。
ただし、社会人になってからは、20代~ミドル世代まで機会がない方が多いという結果なので、今後の課題ではないかと考えています。
転職が当たり前の米国、上司も転職を後押しする
――【図表4】の上司のアドバイスの日米差も、非常に面白いです。日本では、「仕事がうまくいくよう助言や指導をしてくれる」という項目が多い一方、「キャリアの新たな挑戦を後押ししてくれる」や「キャリアに関して気づきを与えてくれる」が少ないことが目立ちます。
この差は何を意味しているのでしょうか。人材の流動化が高いか、低いかの違いでしょうか。
近藤裕さん 日本では、目の前の仕事に対するフォローはされていることが多い一方で、キャリアについて上司と会話する風土がアメリカより弱いということだと考えます。やはり、人材の流動性の影響は大きいと言えるでしょう。
日本では上司の方自身も、これまでの雇用慣行の中では上司とキャリアについて話す機会がなかったのではないでしょうか。
一方で、アメリカでは転職が当たり前です。次にどうしたいか? 何をしていくべきか? は考える機会が多く、そういったことを当たり前に考えているからこそ、キャリアについての会話の機会が日本より多いと思います。
――若い層やミドル層は、キャリアの自律について、ズバリ、どうすることが一番重要だと考えますか。
近藤裕さん キャリアについて考えるときは、「在籍会社」という枠組みから一歩外に出てみることが大事だと思っています。
そのためにはまず、今の仕事の外にある「大きな可能性」(転職市場や副業、ボランティア、地域)について定期的に情報収集をすること。そして相談先を、「仕事」の関係者に閉じず、第三者に広げて「対話」をすること、考えたり話したりする「機会」をもつことが非常に重要だと思います。
また、「仕事」だけではなく、「仕事」を包含した「人生設計」について考えることも重要で、そのプロセスを通して自身の「人生」や「キャリア」の価値観を自己理解することができると、可能性や機会が広がっていくと思います。
こういった「キャリアについて考える時間」は一度きりにせず、定期的に(例えば半年に1回など)できるといいでしょう。我々としても、タイムリーな労働市場の情報提供や、転職を具体的に考えていない方のキャリア相談についても力を入れているところです。
まずは同僚・家族・友人に、自分のキャリアについて相談しよう
――今回の調査で特に強調しておきたいことがありますか。
近藤裕さん 日本のキャリア自律が進んでいない問題は、働く個人のせいだけではありません。構造的に今までキャリアを考える機会が持ちづらかったのです。ビジネスと同様に労働市場も大きな変化を迎えつつあるなか、企業と働く個人も変わらざるをえない状況になっています。
「人的資本経営」という言葉がでてきていますが、企業は人材を経営上の最も重要な資本ととらえ、すべての人的資本を活かすあり方を模索しているはずです。キャリアを主体的に考えてもらうような機会をつくったり、制度を導入したりするということは、実は人的資本を生かす文脈でも重要です。
「社内外から選ばれる企業」にならないと生き残れません。「主体的に考える」ことが促進されること、他部署や社外との交流により、「社内外のネットワーク」が活性化していることが、従業員エンゲージメントを高める効果があるという調査結果もあります。
また、個人が自律的にキャリアについて考えることがますます重要になってきます。まずは同僚・家族・友人など、キャリアについて考えるときには、自分だけではなく第三者に相談してみていただけたらと思います。個人が生き生きと働ける、それが結果として日本の生産性向上にもつながると思っています。
(J‐CASTニュースBiz編集部 福田和郎)
【プロフィール】
近藤 裕(こんどう・ひろし)
『リクルートエージェント』の事業運営を担うHRエージェントDivisionのVice President(事業責任者)。
金融機関を経て大学院で労働経済学を学び、2005年、株式会社リクルートエイブリック(現リクルート)に入社。2010年からリクルーティングアドバイザー(法人営業)部門でマネジャーを務めた後、2017年からは事業企画の部長としてIT活用による事業進化を推進。2020年、旧リクルートキャリアのエージェント事業執行役員に就任。2021年の会社統合をきっかけにSaaS事業の立ち上げに携わる。2023年より現職。