富士通が2016年度入社の新卒採用から、一律の初任給を廃止すると報じられて話題となっている。仕事の内容や役割に応じて処遇する「ジョブ型雇用」を本格導入し、高度な専門性を持つ学生を獲得する狙いがある。
これまでの日本企業では「専門性」が軽視されていた
一方で、狙い通りの採用ができるかどうか不透明という見方もある。人材研究所代表の曽和利光さんはヤフーニュースのコメントで「イチローでもドラフト4位」入団だったという例を出し、採用時の評価は入社後の評価に必ずしも連動していないと指摘する。
なお、報道によると、初任給で現在20万円台後半の基本給が、高度な専門性を持つ学生の場合、40万円を超える可能性もあるという。都内の人材サービス企業に勤め、大手企業の採用事情に詳しいAさんは「これは当然の話で遅すぎるくらいです」という。
「年次の賃金テーブルなどない外資系のコンサル企業に、デジタル技術の専門的な勉強をしてきた学生などめぼしい人材がどんどん吸い取られてしまっています。日本企業が外資を超えるのは難しいでしょうけど、ある程度は比べてもらえる水準まで持っていかなければ、採用競争から完全に弾かれたままになってしまう。経営戦略上DXの領域を強化したい富士通は、どうしてもそこを強化しなければならないのです」
採用時の評価が入社後の評価に必ずしも連動しない可能性については、確かにこれまでそういう場面も少なくなかったが、今回奪い合いになっているデジタル専門人材においては「話がだいぶ違う」という。
「特に文系学部卒はそうですけど、これまでの新卒採用って入社前にいったんまっさらな状態にさせられ、大学で学んだことと全く関係ない仕事をさせられるのが当たり前でしたよね。そうやって会社に染まることが重視されていたからですが、最新のデジタル技術を学んできた人にそんなことを求める愚かな会社は今どきないですよ」
たとえばAI(機械学習)やデータアナリティクスなど最先端の領域であれば、大学の学部や大学院で学んできた学生が多くの社員を上回る専門性を持っている可能性がある。
「日本企業は管理職となってマネジメント路線に乗らないと昇給せず、スペシャリストとして厚遇する道がなかったから、専門性が軽視されていたんです。しかし今後は、スペシャリストを尊重する社風に変えなければ、米国のテック企業やグローバルのコンサル会社と競争できない。富士通はデジタルの専門性が命の会社に変えていこうとしているから、こういう改革がなされていることを理解した方がいい」
「そこそこで働く」では給与が上がらない時代に
90年代以降のいわゆるIT企業は、大学の文系学部を卒業した人でもOJTで技術を学ばせることができた。しかし、昨今のIT周りの業務は「情報系の基礎をきちんと学んだ経験のない人だと、業務を行うことが難しくなっている」と聞くことが多いという。
「だからいまは、大卒の学歴がなくとも、高専や専門学校の情報系の課程で学んできた人の方が高く評価されることがあるくらいなんですよね」
またAさんは、一律の初任給の廃止とともに、ジョブ型雇用により多くの人が受ける影響として「評価の二極化」を生むのではないか、と予想する。
「年功的な要素がなくなるわけですから、価値の高い仕事とそうでもない仕事では、支払われる給与が大きく変わっていくことになります。そうすると、『そこそこで働く』人には『そうでもない仕事』しか割り振られないことになるでしょう」
これまでは負担ばかり重くなるから「管理職になんかなりたくない」と言っていた人たちは、「そこそこで働く」選択をしても年功序列で給与を上げることができた。だから、呑気なことも言えた、というわけだ。
しかしジョブ型の世界では、スペシャリストとしての専門性を持たず、管理職になることも避けていると、給与がほとんど上がらない事態に陥るかもしれない。
「会社は労働者の家族も含めた生活を丸抱えすべきという、戦前からの『生活給』的考え方が終わり、あくまでも『仕事』や『成果』に対して支払われるようになる。それで足りない人は、自分で『副業』して補ってねと。人手不足やグローバル競争が、いわゆる日本的経営を少しずつ崩していることに気づかないと『こんなはずじゃなかった』ということになりかねないですね」