かつて安倍晋三元首相から、アベノミクスで円安になったらどうするのかと、聞かれたことがある。筆者の答えは簡単で「円安上等」だ。
2年前の2022年4月に開かれた自民党の会合「財政政策検討本部」における安倍元首相の「1ドル300円になれば、あっという間に経済回復」発言がマスコミで取り上げられた。実は、この発言は正しい。
10%の自国通貨安は1%程度の自国経済成長を促す
円安(自国通貨安)は、古今東西、近隣窮乏化政策として、自国に有利だが近隣他国には不利益になることが知られている。これは、内閣府や国際機関での世界経済モデルでも、10%の自国通貨安は1%程度の自国経済成長を促すという形で検証されている。当時の円相場は1ドル120円程度なので、150%円安で15%の成長の下駄を履けるので、20%程度の経済成長になってもおかしくない。実は、日本の高度成長の要因はほとんど為替で説明できてしまう。筆者が財務省にいたときでも、円安になると企業収益が増加し、所得税、法人税の税収が増加することを経験的に知っていた。
さらに、日本政府は外貨準備(ほぼ外為特会の資産に等しい)という巨額な対外資産がある。これはほぼドル建てある。その当時、160兆円程度であるが、その取得時の為替レートは1ドル110円ほどだ。それが1ドル300円になれば、含み益は280兆円程度になる。
一人あたり20~30万円の還元が可能
こうした点を踏まえ、筆者は、「円安上等。1ドル300円なら、成長率20%。一人あたり250万円。儲けを隠すのは財務省」と、5月4日放送の「教えて!ニュースライブ 正義のミカタ」(ABCテレビ)で主張した。
その際、日本の外貨準備対GDP比が先進国は5%以下なのに、30%弱と突出して多いことを示した。これは為替介入のために保有すると説明されるが、変動相場制では為替介入は想定されず、しかも毎日世界で数百兆円程度の取引の中、介入の効果は一時的で限界があるので、先進国では外貨準備がほとんどない。であれば、今の円安を好機ととらえ、含み益を早く吐き出し、国民に還元するのがいい政策になる。今の時点であれば、含み益は数十兆円なので、一人あたり20~30万円の還元が可能だろう。
筆者はこうしたこともかつて安倍元首相に話したところ、「それはいいね」という返答だった。
「正義のミカタ」では、消費税を2年間ほどゼロにするのに匹敵すると説明した。
円安について、確かに輸入業者や海外旅行者にはマイナスになるが、日本全体としてみれば、そのマイナスを上回るプラスがあり、しかもプラスの最大の利益享受者が日本政府というわけだ。であれば、その利益を国民に還元すれば、円安なんて誰も文句を言わなくなるだろう。安倍政権だったら、間違いなくやっている政策だろう。
++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣官房参与、元内閣参事官、現「政策工房」会長
1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2006年からは内閣参事官も務めた。07年、いわゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。20年から内閣官房参与(経済・財政政策担当)。21年に辞職。著書に「さらば財務省!」(講談社)、「国民はこうして騙される」(徳間書店)、「マスコミと官僚の『無知』と『悪意』」(産経新聞出版)など。