共産党の田村智子委員長は2024年3月26日に東京・丸の内の日本外国特派員協会で記者会見した。田村氏は24年1月に委員長に就任したばかり。トップの交代は23年ぶりで、102年の共産党の歴史の中で女性がトップに立つのは初めて。
4年ほど前には、「入閣」に意欲を示していた田村氏。ただ、今回の記者会見では、仮に政権交代が実現した際の政権の姿について「私たちはまだ到達点をつかんでいない」とトーンダウン。仮に入閣した場合に希望するポストを聞かれると、「現時点ではちょっと想定が難しいところ」と応じていた。
「私たちのような頑固な政党が政権の中にも入って踏ん張ることも必要」
田村氏は冒頭30分ほどかけて、「財界の利益最優先からの転換、人権尊重の経済システムへの改革」「アメリカ言いなりからの脱却、日本国憲法を生かした外交への転換」の2つのビジョンについて説明。自民党派閥の裏金問題は「自民党の組織的犯罪」で「もはや自民党に政権党としての資格はない」などと述べた。
共産党は「野党共闘」による政権交代のあり方を繰り返し提唱してきた。15年の「国民連合政府」、17年の「野党連合政権」構想などだ。
田村氏はかつて、入閣の意欲も示していた。20年7月に政策委員長として東京・内幸町の日本記者クラブで開いた記者会見で、記者から共産党の「5年先」の姿について「内閣の中にいるんじゃないかという気がしないでもない」と指摘され、
「どんな圧力にも屈せずにやっていくためには、私たちのような頑固な政党が政権の中にも入って踏ん張ることも必要ではないか。閣僚の中に入ることも目指さなくちゃいけないということを自分自身にも言い聞かせている」
などと応じていた。
ただ、それから1年ほどして、共産党としては政権交代が実現しても閣外協力にとどめる方針に転じている。衆院選を1か月後に控えた21年9月末に立憲民主党の枝野幸男代表と共産党の志位和夫委員長(いずれも当時)が会談して結んだ合意では、「次の総選挙において自公政権を倒し、新しい政治を実現する」ことや「限定的な閣外からの協力」など3項目をうたっている。
それでも当時は両党の距離感について自民党から「立憲共産党」などと揶揄(やゆ)され、両党ともに議席を減らす結果になった。
「お答えできるものを、私たちはまだ到達点をつかんでいない」
こういった経緯を念頭に、記者会見では「いつ、どのような形の政権を目指すのか」、閣内協力可能な場合は「どの大臣ポストを希望するか」に関する質問が出た。
田村氏は、次期衆院選が「政権交代につながるような選挙にしていかなければならない」とした。さらに、21年の衆院選で「市民と野党の共闘で政権交代」を掲げたことに触れて「1回でできなくても、チャレンジし続けなければならない政権交代への道」だとした。ただ、政権交代後の姿については
「政党同士の信頼を持った、共闘の意志と信頼を持った話し合いが必要になってくる。今この場で『どのような政権』というのを、お答えできるものを、私たちはまだ到達点をつかんでいない」
とするにとどめた。現時点の「到達点」を
「政党同士が共闘の意志を確認し合い、何の政策で一致して政治を変えるのかということを国民に示すこと、まずこの段階に来ている」
と説明し、入閣については
「『もしも大臣になったら』というお答えは、ちょっとお答えがしにくいところ。現時点ではちょっと想定が難しい」
と話した。そのうえで、
「大臣になろうとなるまいと、特にジェンダー平等と、子どもの権利ということにはこだわって、国会議員として仕事をしてきたので、この分野で大いに力を発揮していきたい」
とも話した。
(J-CASTニュース編集部 工藤博司)