2024年3月4日、ついに日経平均が4万円の大台を突破した。その後、投資家の利益確定売りがあって3万円台に下落したものの、日経平均は依然勢いを失っていない。それ以降も、4万円前後の高値で推移する状況が続く。
この株価の好調ぶりは、住宅・不動産市場に影響するのか、しないのか。影響があるとすれば、どの程度なのか――。LIFULL HOME'S総研副所長・チーフアナリストの中山登志朗(なかやま・としあき)さんが考察していく。
地価水準&住宅価格が安価な地方圏で、投資が過熱する状況に
日経平均が初の4万円台を付けたのは2024年3月上旬でした。ここ半年ほどの急激な株高を牽引してきたのは、ハイテク関連株、および、不動産関連株といわれています。
好調な業績と経済安保の観点から、半導体の国内製造に注目が集まっています。そんななか、台湾TSMCの工場誘致に成功した熊本県菊陽町では、「TSMC特需」が発生。土地の売買が盛んに行われるだけでなく、地価もうなぎ登りで、その影響もあって近隣の熊本市でもマンション販売が好調です。
東京都内では新築マンション価格が平均で1億円を突破したとのニュースは記憶に新しいところですが、熊本市内でもタワーマンションが相次いで分譲されています。価格も1億円台の半ばと、コロナ禍では考えられなかった価格水準でも、好調な売れ行きを示しています。
熊本市は年間の移動人口も転入超過を記録。ヒト、モノ、カネが短期間で急速に集積する「地方政令市の雄」に成長しています。
さらに、高い株価を背景として、大手企業の進出や設備投資もコンスタントに発生している状況です。台湾TSMCは2目の工場建設に向けても、すでに動き始めているとのことですから、今後の企業城下町としての発展が確実視される状況です。
このような熊本市の活況は、株価上昇と企業進出が重なり、地域の不動産市場に大きな恩恵をもたらした好例といえるでしょう。
円安の進行により、消費者物価指数=CPIが上昇
もちろん、この背景には、円安の進行による消費者物価指数=CPIの上昇があります。
株価も名目値(実際に市場で取り引きされている価格に基づいて推計された数値)ですから、インフレ、もしくは、デフレによる物価変動の影響を直截に受けるので、経済成長率を見る際は、本来これらの要因を取り除いた実質値(特定年の物価上昇・下落分を取り除いた値)で見るべき。
したがって、CPIが1982年以来41年ぶりの水準に上昇すれば、株価も連動して34年ぶりに史上最高値を更新することは、半ば当然のことと言えるでしょう。
ただし、名目値であるこの高い水準の株価が3月以降も水準を維持するには、今後も円安が持続的であることが必要です。
エネルギー、食糧はもちろん、あらゆる建設資材&素材など、その多くを圧倒的に輸入に頼る日本においては、円安が継続することでCPIが上昇し続け、株価を結果的に押し上げることにつながります。
一般に、円安が進行すれば、輸入品の価格が上昇します。そして、海外へ投資資金が流出して債券や株式の価格が下がるものです。
ところが、すでに海外に多くの拠点を展開している日本の企業は、円安による直截なデメリットを受けることがなく、結果的に、円安が株価上昇の背景となっているとはやや皮肉なことです。
住宅・不動産市場も株価高騰の「恩恵」を受けている
もちろん、住宅・不動産業界も円安・株高の影響を強く受けています。
資材価格の高騰によるコストプッシュ型の新築住宅の価格上昇は止まる状況にはありませんが、一方で株価の上昇はマンション・デベロッパーやハウス・メーカーの資金調達力を高め、金利負担が減ることで企業の収益力も結果的に高まります。
また、不動産関連株を保有している個人&機関投資家だけでなく、ストック・オプションを導入している多くの不動産関連企業では、就業者のモチベーションも高めることにつながります。
さらに、新築住宅の価格上昇の主な要因は、安定的な地価の上昇に加えて、円安による資材価格の上昇、および建設・運輸業の人手不足による人件費の高騰など――企業努力だけではなかなか吸収・対応できない要因であるとのコンセンサスが醸成されています。
ですから、価格上昇についても、これまでのところ、企業業績を悪化させるまでのものとはなっていません。
不動産会社にとっては追い風のワケ
なにより、金融緩和政策の継続によって、超低金利での住宅ローン借り入れが可能な状況は続いています。
それにより、物件価格の上昇も、毎月の返済額にすれば、ごくわずかな上昇にとどまっている――そのことも、不動産会社にとっては追い風でしょう。
たとえば、1億円の新築マンションを頭金なしで全額を借り入れて購入しても、現在の住宅ローンの適用金利(変動金利)0.3%程度であれば、毎月の返済額は25万円程度です。したがって、返済額見合いでの住宅価格は、とても高額で手が出ないという水準にまで達しているとは(今のところ)考えにくい状況です。
さらに、この株高によって多くの利益を得た投資家が、利益確定のため、今後売りを増やすことも想定されます。しかし、その利益が向かう先は多くの場合、資産性および価格がともに高い都心周辺のマンション、もしくは貴金属などの「現物資産」です。
投資マネーの流入先としても、付け替え先としても、不動産は受け皿たり得ます。
このことから、住宅・不動産価格――とくに実需でも投資でもという意味で、汎用性および資産性のある、市街地中心部や、地方圏の政令市・中核市の中心エリアでは、今後も住宅価格は下がるどころか、上がり続ける可能性すらあるといえます。
異次元の金融緩和の終了が、今後のシナリオを大きく変える?
ただし、日銀が「異次元の金融緩和」を終わらせて、円安の是正、および、適正な金利のある社会を目途として金融引き締めに向かうことになれば、今後のシナリオは大きく変わることになります。
つまり、金利の先高観が強まることで、住宅ローンを活用して(レバレッジを効かせて)住宅を購入するユーザーが減少し、住宅価格も頭打ちからエリアによっては、下落する可能性が出てくることになるのです。
もっとも、それでも新築住宅の建築コストは上昇し続けていることから、これまでの利益率を確保できない不動産会社――とくに、準近郊・郊外での住宅分譲を多く手掛ける企業の業績は、確実に悪化することになります。
それでも住宅ローン変動金利が連動している国債の短期金利(正確には短期プライムレート)は1995年以降約30年間1%以下で推移しています。
ですから、たとえ「異次元の金融緩和」が終了しても、金利の上昇は極めて慎重に、かつ緩やかな推移となることは確実です(GDPギャップの大きい日本では、金利を短期間で急激に上げると、深刻な景気後退を招いてしまいかねません)。ということは、変動金利で住宅ローンを借り入れるメリットは、依然高いといえます。
また、2024年4月からは「省エネ性能表示制度」が始まりました。
それにより、住宅・非住宅に関わらず、建物の省エネ性能および断熱性能、それに加えて、年間光熱費の目安も表示されるようになります(新築は努力義務で中古は推奨)。
さらに2025年4月からは、全ての新築建築物に、省エネ基準への適合義務が課せられることになっています。つまり今後は、住宅の資産性だけでなく、省エネ性や光熱費を含めた「コスパ」も注目されるようになります。
2024年の住宅・不動産市場は、株価の推移と合わせて注視していく必要があるでしょう。
【筆者プロフィール】
中山 登志朗(なかやま・としあき):LIFULL HOME'S総研 副所長・チーフアナリスト。出版社を経て、不動産調査会社で不動産マーケットの調査・分析を担当。不動産市況分析の専門家として、テレビや新聞・雑誌、ウェブサイトなどで、コメントの提供や出演、寄稿するほか、不動産市況セミナーなどで数多く講演している。2014年9月から現職。