検証待ったなし、政府は貸与型奨学金の影響を知るべき
――なるほど、米国でもそうなのですか。奨学金受給の負債の影響力は、けっこう大きいのですね。
ところで、研究リポートで、「奨学金制度の設計では、家族形成への影響を配慮する必要がある」と訴えていますが、具体的に奨学金制度をどう改革したらよいと考えていますか。
王さん 本研究の分析結果から、ただちに男女別に奨学金受給の選考基準をつくる検討にはつながらないと考えています。奨学金返済の改善策について、各国でも工夫が進み、米国では学生ローンの一部返済免除や、ハンガリーでは高学歴女性の出産を促すための学生ローン返済減免が知られています。
なによりも政府は、貸与型奨学金は受給者のその後の人生にさまざまな影響を与えうるという認識を共有すべきです。そしてそれを前提に、政府の責任で、貸与奨学金受給者と非受給者を比較できる、十分なサンプル数と多くの情報を確保したナショナルデータを収集し、貸与奨学金が若者のライフスタイル全般に与える影響を検証する研究をオープンに推進する必要があります。
少子化に苦しむ日本社会では、奨学金負債が若い世代の結婚、出産に与える影響の検証は待ったなしです。
――今回の研究リポートのことで、特に強調しておきたいことがありますか。
王さん 私たちの研究はナショナルデータを用いたものの、サンプルサイズが大きくありません。また、奨学金と家族形成の間の因果関係を厳格に立証するには情報が不足しています。さらに検証する必要があります。
男女差の原因を究明するには、貸与奨学金の受給の有無や返済状況、学生時代の成績、アルバイト経験、卒業後の就業状況のほか、年収、初婚年齢、子どもの数、家事に費やす時間などを数年ごとに把握し、若い世代のライフスタイルを動態的に捉え、男女別に比較研究を行う必要があります。
研究グループでは、これからも調査を続け、奨学金政策がもたらす効果や長期的な影響の究明に貢献することを目指します。
(J-CASTニュースBiz編集部 福田和郎)
【プロフィール】
王 杰(ワン・ジェ) 通称名:王 傑(おう・けつ)
慶應義塾大学経済学部経済研究所特任講師
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程修了。専門は教育社会学。中国・清華大学外国語学部助教・専任講師、お茶の水女子大学リサーチフェロー・特任講師、学術振興会特別研究員(RPD)、東京大学特任研究員などを経て現職。
主な著書に『中国高等教育の拡大と教育機会の変容』(東信堂、2008年)。共著に『教育機会均等への挑戦―授業料と奨学金の8か国比較』(東信堂、2012年)、『平等の教育社会学―現代教育の診断と処方箋』(勁草書房、2019年)など。