「レベルが違う」能登半島地震のすさまじさ 石巻から被災地入り、直面した長期支援の課題【東日本大震災13年】

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   宮城県石巻市。東日本大震災で甚大な被害に見舞われたこの地から、能登半島地震の被災地に入り住民の支援にあたっている人たちがいる。

   近年、日本全国で自然災害が多発している。被災を経験した自治体から、困っている人の救援に行くケースが増えてきた。それ自体は素晴らしい。一方、長い月日を要する暮らしの再建にどこまで、どれほどのサポートが求められるのか、課題もある。

  • 雪が降る冬の能登を襲った震災(画像提供:BIG UP石巻)
    雪が降る冬の能登を襲った震災(画像提供:BIG UP石巻)
  • 必要とされる物資を運ぶ(画像提供:BIG UP石巻)
    必要とされる物資を運ぶ(画像提供:BIG UP石巻)
  • 支援物資を積み込んで、石巻から能登へ向けて向かった(画像提供:BIG UP石巻)
    支援物資を積み込んで、石巻から能登へ向けて向かった(画像提供:BIG UP石巻)
  • 家屋の倒壊が激しい(画像提供:BIG UP石巻)
    家屋の倒壊が激しい(画像提供:BIG UP石巻)
  • 避難所生活は、いまも解消されていない(画像提供:BIG UP石巻)
    避難所生活は、いまも解消されていない(画像提供:BIG UP石巻)
  • 雪が降る冬の能登を襲った震災(画像提供:BIG UP石巻)
  • 必要とされる物資を運ぶ(画像提供:BIG UP石巻)
  • 支援物資を積み込んで、石巻から能登へ向けて向かった(画像提供:BIG UP石巻)
  • 家屋の倒壊が激しい(画像提供:BIG UP石巻)
  • 避難所生活は、いまも解消されていない(画像提供:BIG UP石巻)

身の危険を感じるほど、覚悟が必要な現場

   「BIG UP(ビガップ)石巻」は、東日本大震災で被災した石巻での支援を目的に2012年4月、設立された。地域活動に加えて、15年9月に水害が発生した茨城県常総市、16年4月の熊本地震、18年6月の大阪北部地震ほか災害被災地で、復旧の手助けをしてきた。

   24年元日、能登半島地震。BIG UP石巻の代表理事、阿部由紀さんは翌日に石巻を出発し、翌1月3日に石川県珠洲市に入った。阿部さんは東日本大震災の際、石巻市社会福祉協議会で、災害ボランティアセンターの運営に力を尽くした人物だ。発災から4日後の11年3月15日に設置されたボラセンで、がれき撤去をはじめ復旧活動をリードした。

   珠洲市の阿部さんから、現地のニーズを聞いて物資を調達し、輸送を担ったのが、前代表理事で現・石巻市議の原田豊さん。現地で炊き出しができるよう、日持ちのする野菜を中心とした食材を準備した。実は物資の調達は、難しい面がある。現地のニーズは刻一刻と変わり、善意で寄せられたものが必ずしも合致しない場合があるからだ。「確実に必要とされているもの」だけを集め、24年1月5日に能登へ向かった。

   現地事情を考慮し、原田さんは金沢市を拠点に輪島市や珠洲市へ毎日、支援物資を運搬する役目を担った。現地入りすると、目の前に広がる被災状況に圧倒された。

「レベルが違いました。身の危険を感じるほど、覚悟が必要な現場でした」

   道路はあちこちで崩落、寸断し、巨大な岩が車線を防ぐ場所も。マンホールは隆起し、水道管はメチャメチャで、この点は東日本大震災の石巻よりもひどい状態に見えた。断水は、いつ解消するか見当もつかない。原田さんは、市議会が始まる前の1月12日まで、早朝に金沢を出発、被災地で必要とされる物資を毎日運んで回った。

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