健康計測機器メーカーのタニタでは2017年から、社員が個人事業主化を選択できる仕組み(「日本活性化プロジェクト」)を開始した。
個人と組織が互いに対等な関係で貢献し合う、第三の働き方、会社経営に挑戦してきたタニタ。社員の自律的なキャリア形成を促進しつつ自立を目指し、会社としての創造性やイノベーション力の向上を目指す取り組みへの注目度は高い。
人材育成支援を手掛ける、株式会社FeelWorks代表の前川孝雄さんが、タニタの「日本活性化プロジェクト」実施の経緯やその成果、今後の展望と課題などについて、深く話を聞いた。
(《お話し》谷田 千里さん(株式会社タニタ 代表取締役社長) 二瓶 琢史さん(株式会社タニタ 経営企画部 社長補佐) 《聴き手》前川 孝雄(株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師)
成果にこだわる真剣さが、イノベーションにつながった!
<タニタの「社員の個人事業主化」ねらいは 優秀な社員の離職を防ぎ、報酬も増える「切り札」だった【インタビュー】>の続きです。
前川孝雄 社員が個人事業主化を選択できる「日本活性化プロジェクト」に手を挙げて、個人事業主化を果たした第1期(2017年)メンバーは8人と聞いています。その方たちは、どのように参加されたのですか。
谷田千里さん メンバーの動機は、多彩でしたね。
私の近くで仕事をしてきたメンバーで、プロジェクトの中身はよくわからないけど、社長のすることで悪いことにはならないだろうから、と目をつぶってジャンプしたという人(笑)。本当はタニタで働き続けたいのに、家業を継がねばならず悩んでいたので、ちょうどよかったと言ってくれた人。この社員は抜群の企画力がある頼りの人だったので、本当に幸いでした。
あとはMBAを取りたかったので、好都合だという人。研究職なので社内外で研究活動に没頭でき、働く時間や場所を自由に選べるのが自分に合っているという人も。
二瓶琢史さん 「プロジェクト」の初年は、私だけで始めるつもりでした。しかし、結果として8人でスタートできたことが幸いでした。多様な理由を持つ社員が手を挙げてチャレンジしたことで、いろいろなニーズややり方があることが見えてきて、プロジェクトの基本形ができました。
前川 「プロジェクト」開始後に御社が公表された参加者の事例でも、SNSでの販促・PR、営業、商品企画、研究開発、デザインなど、社内外で自律的に仕事の幅を広げて、活躍するメンバーの姿が紹介されていて印象的でした。
たとえば、他社とのタイアップによる新商品開発やeスポーツ運営など、イノベーションにもつながったようですが、やはり個人事業主化が効果を発揮したのでしょうか。
谷田さん eスポーツへの展開が「プロジェクト」ならではの成果だったのは確かです。ただ、内情を話しますと、このメンバーは個人事業主化後になかなか有効な事業計画を立てられていませんでした。
そこで、他社と組んでゲームのコントローラーを開発する話が出たときに、クラウドファンディング事業を任せることにしました。しかし、見通しが甘く赤字の危機に陥ってしまいました。
それを乗り越えるために、本人が非常によく頑張り、社内外からの協力を取り付け、結果として大成功しました。クラウドファンディングは2回目で成功しましたが、追加で募集を行い、その余剰資金でeスポーツにも展開できたのです。
前川 個人事業主ゆえにプロとして仕事の成果に責任意識が強くなり、赤字回避のため必死に頑張るようになり、その結果成功したわけですね。
独立して個人事業主を選ぶ人は、全体の2割程度
前川 「プロジェクト」で個人事業主になった社員は、2017年の開始から7年間で何人になり、対象社員中の何割にあたりますか。また、今後増える見通しはあるのでしょうか。
二瓶さん これまで社員からプロジェクトメンバーに移行した累計人数は34人。うち6人がその後契約を終了していて、2023年末現在で28人という状況です。
グループ全体の社員数は約1200人ですが、「プロジェクト」の対象となる社員はタニタ本社に所属する約200人です。これからは、さほど増えないと思っています。対象の2割程度というところでしょうか。
前川 2割というのはそれなりのシェアで、社内で一定の影響力を持つ数だと思います。波及してさらに増えてもよさそうに感じますが、これ以上あまり増えないと見立てているはなぜですか。
谷田さん パレートの法則――すなわち組織をけん引する人材は2割、に沿う結果です。
やはり、雇用されている安心感、常に一定の給与が得られる環境を手放せないのではないかと推察しています。安定がずっと続くとは言い切れない世の中ですが、今でもこの考え方は根強いかもしれないですね。
前川 なるほど。人は変化を望まず、安定を求める傾向がありますからね。
もう1つ、異なる視点からの質問です。これだけ変化が激しい時代、天変地異も続発しています。急な戦略変更や新規案件など、事業の急転換を図りたい場面も出てくるでしょう。
その場合、無期雇用で役割も曖昧な社員に比べ、委託業務を明確に定めている個人事業主では、臨機応変にチェンシジマネジメントのドライブをかけにくいという課題はありませんか。
谷田さん それはあまり感じませんね。会社として新たな方針で行きたいという時には、基本業務の範囲で対応可能なものは説明して依頼しますし、全く新たな仕事は追加業務として契約しますので。
前川 なるほど。新たな業務も追加業務として、報酬含め納得して受けてもらえばよいわけですね。
二瓶さん 従来の雇用関係なら会社の方針が変われば「これをやって」と命令し、本人は気持ちが沿わなくても受けざるを得ない。
一方、業務委託契約であれば、受けない自由があります。だから、会社側としては新たな仕事についてはより丁寧に説明して、腹落ちしてもらう必要が出てきますね。複数社の仕事を受けていれば、なおさら丁寧な対応が必要となります。
実際は、業務に対して相応の報酬も支払っていますから、他での仕事をせずにタニタの仕事だけにフルコミットで専念してもらっても十分だという思いはあります。ただ、その部分が強く出過ぎると良し悪しがあり、そこは課題でもありますね。
前川 個人事業主になっても、タニタの仕事しかしていなければ社員との違いが出にくく、選び選ばれる会社と個人の対等な関係性になりにくい側面もあるわけですね。
安定した報酬を保障する手厚い仕組みが、逆に自立の妨げに?
二瓶さん 最近は、思ったほどには自立や自走が進まない傾向が目に付くようにも感じています。社員時代から継続する基本業務と報酬があることで、今までどおりの仕事でも収入は変わらない。すると、雇用されている社員とあまり意識が変わらない。
弊社の書籍『タニタの働き方革命』(日経BP)の帯にも「会社員とフリーランスのいいとこ取り」と書きましたが、その負の部分もあるわけです。
前川 私が営む会社でも社員の個人事業主化と業務委託契約を推進していますけれど、御社の「プロジェクト」はかなり手厚い仕組みですね。
本来、個人事業主は頑張って成果を出せば、相応の報酬を得られる。その一方、仕事で成果を出せなければ報酬も得られない。そうしたリスクを取っているがゆえに、自主裁量の幅も大きいわけですが。
谷田さん もともと会社の経費削減や雇用調整でなく、社員の自立へのトレーニングを目的に入れた仕組みです。
基本業務と固定報酬がないと、安心して仕事ができないだろうと考えて、仕組みを設計しました。しかし、その配慮が「雇われ意識」から抜けきれず、かえって自立を阻害する原因にもなっているのです。
改善すべき課題は、基本業務の部分にも歩合制を入れることだと考えています。
実は、正社員の給与についても、歩合制の要素を導入したいと考えています。やはり、よりしっかり働いている人には相応に給料を増やし、平均以下の人の給料は減らす。また、頑張っている人から早く昇進できるようにする。やってもやらなくても同じでは、組織が活性化しませんから。
前川 私は大学でも教鞭を執り続けているのですが、優秀な若い人たちほどキャリア意識が強くなっていると感じています。
当然、終身雇用も信じていません。退職金含め年功制の後払い給与など待ちきれず、働いた分だけ今しっかり稼ぎたいと考えています。だから、退職金のないスタートアップ企業や外資系企業に転じる若者が出てきているわけです。
公務員や大企業で新卒採用難や早期離職が深刻化する背景には、自分たちの成長が実感できない「ぬるいホワイト企業」が敬遠され始めたことがあります。御社の改善方針は、そうしたニーズにも応えるものになりそうですね。
定期昇給や年功昇進で済ませるのは、マネジメントの手抜き
前川 「プロジェクト」は改善しながら、今後も継続する方針ということですね。
谷田さん 「プロジェクト」は人事制度の先端モデルと捉えています。
プロジェクトメンバーとの契約は、メンバーが主として行う事業の部門長が担当しているので、部門長は業務委託メンバーの仕事を定期的に分析・評価する力が必要です。この仕事に対する成果や報酬の妥当性などをきちんと捉えることが求められます。他の事業者への業務委託においても重要なことで、社外へ発注する際の比較材料にもなります。
ただしこれは、本来正社員についても行うべきことです。定期昇給や年功での昇進で済ませ、一人ひとりの仕事や成果をきちんと評価しないのはマネジメントの手抜きです。正社員の仕事についても、侃々諤々議論してもいいはず。
「プロジェクト」は、人事のあり方のパイロット部分としても重要であり、継続に意義があると考えています。
前川 もしも他の企業が、御社の「プロジェクト」をロールモデルに、同様の仕組みを検討したいと考えた場合のアドバイスがあればお願いします。
谷田さん 第1に、独立メンバーから社内情報が漏れる心配はないか、という質問をよくいただきます。しかし、実はこの心配はないと考えています。優れた営業社員のノウハウは大切な社内情報です。その社員の心が離れ転職すれば、確実に転職先に伝わります。
これに対し、独立して会社と業務委託を結んでいるなら、本人は自分固有の価値の源泉であるノウハウを安直に教えることはないでしょう。どちらが安全と思われますか、と。
前川 2つ目は?
谷田さん 第2に、採用に困らず社員も辞めない会社なら、この仕組みを入れる必要はないでしょう。ただ、「人が採れない、離職者が出て困る」と悩んでいるなら、トライしてみては、とお話しします。もはや社員を囲い込む方法では立ちゆかず、打つ手がないなら、何もしないよりはずっとよい方法だというわけです。
前川 なるほど。そういう考え方もありますね。
谷田さん 第3に、なんといってもメンバーのモチベーション向上です。
結局、本人がやりたいと思う仕事をやりたいようにやることが、一番モチベーションが上がるのです。特に大企業なら余裕もあるでしょうから、若干本業から離れた仕事でも本人がやりたいならチャレンジしてもらってみるとよいのです。
よく聞くのは、社員のMBA留学を支援したら、留学後に会社を辞めてしまうということ。そうであれば、報酬を払って好きな仕事をしてもらうほうがいい。成功すれば新規事業として提携して、ウィンウィンでいく。
失敗したら「貸し」にして(笑)、別の機会で会社のために働いてもらう。いずれも本人はモチベーション高く働き続けてくれるでしょう。
前川 いまや社員の離職や定着に悩まない企業はないでしょう。それだけに、谷田さんご自身が経営にもがき悩んで至った境地は沁みるはずです。
旧来の日本型雇用で社員を囲い込もうとするのではなく、社員を自由に解き放つことで辞める理由を失くしてしまう、まさに逆転の発想ですね。
2月16日公開予定の<社員に個人事業主として独立を勧めたタニタ 7年でわかった「これからの人を活かす経営」とは【インタビュー】>に続きます。
【プロフィール】
谷田 千里(たにだ・せんり):株式会社タニタ 代表取締役社長/船井総合研究所などを経て2001年にタニタ入社。2005年タニタアメリカ取締役。2008年5月から現職。レシピ本のヒットで話題となった社員食堂のメニューを提供する「タニタ食堂」や、企業や自治体の健康づくりを支援する「タニタ健康プログラム」などを展開し、タニタを「健康をはかる」だけでなく「健康をつくる」健康総合企業へと進化させた。
二瓶 琢史(にへい・たくし):株式会社タニタ 経営企画部 社長補佐/新卒入社の自動車メーカーを経て、2003年にタニタ入社。2010年から人事課長・総務部長を歴任し人事業務に携わる。2016年、社長の構想に基づき「日本活性化プロジェクト」(社員の個人事業主化)に着手、2017年に自らも個人事業主に移行してプロジェクトを本格スタート。現在は個人会社化してタニタ以外へも「日本活性化プロジェクト」を提案・提供中。
前川 孝雄(まえかわ・たかお):株式会社FeelWorks代表取締役。青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授。人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業のFeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。近著に、『部下を活かすマネジメント「新作法」』(労務行政、2023年9月)。