仕事への思いと、人を中心に置いた組織づくりが人を動かす
このエピソードは、地方の中小企業での特殊な出来事と思われるかもしれません。しかし、多くの伝統産業や長寿企業に共通する課題と、その打開のために学ぶべき要素が含まれています。
Yさんの取り組みでまず注目すべきは、酒造りという伝統産業の希少性や匠の技の魅力を引き立てながら、醸造家というプロへのキャリア形成の道筋と、独自ブランドで世界に打って出ようとのビジョンを打ち出したことです。
日本の文化に根差したモノづくりの仕事や生産物には、他に代えがたい魅力があります。その価値に着目し、磨き直し、広く世に問うことで、全国さらには世界に訴求できる製品を創り出そうとの呼びかけは、世代を超えて大きく響きました。
こうしたグローカルな視点は、今後ますます大切になるでしょう。
また同時に、その業界や仕事を取り巻く、古くからの慣習や徒弟制度的な職場風土はしっかり見直し、全員が持ち味を活かしながら活躍できるチームづくりを目指すことも不可欠です。
その過程では、旧組織での厳しい仕事で苦労を重ねてきた社員や職人との対立や葛藤があり、最後は心を通わせなければなりません。そのうえで、世代を超えて志を共有するチームとするには、並々ならぬコミュニケーションの努力があったことでしょう。
Yさんの取り組みの陰にある、上司としての困難と前向きな創意工夫に学びたいところです。
(紹介するエピソードは実際にあったものですが、プライバシー等に配慮し一部変更を加えています。)
【筆者プロフィール】
前川 孝雄(まえかわ・たかお):株式会社FeelWorks代表取締役。青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授。人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業のFeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。近著に、『部下を活かすマネジメント「新作法」』(労務行政、2023年9月)。