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うつ病患者、筋トレ3か月で「全てが、治りました」→拡散1.5万回 信ぴょう性を精神科医に聞いた

   「筋トレで本当に精神が回復するのか鬱(うつ)病の私が確かめてやる」――。23歳男性のX(旧ツイッター)ユーザーはそうポストした約3か月後、「全てが、治りました」と報告した。この投稿は2023年12月25日時点で1万5000回リポスト、10万「いいね」、3090万回表示されるほど反響を呼んでいる。

   J-CASTニュースの取材に応じた投稿者は、20年頃に発症したうつ病が週1~2回のジム通いなどで「治った」としている。うつ病が治るという表現の意味は、「自分の中では『自傷などではない、前向きなセルフケアの方法を獲得した』という感覚」だと説明している。

   筋トレは精神面にどのような効果をもたらすのか。J-CASTニュースの取材に応じた精神科医は「精神面に関しては睡眠の向上に寄与したり、不安や焦燥に効果があるなどという説もありますが、どれも強いエビデンスではなく諸説ありますので一概には言えません」と懐疑的だ。

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  • 藤野智哉氏(藤野氏のX(@tomoyafujino)より)

2020年頃に発症、うつ状態+不安障害→うつ病へと推移

   発端となったのは、23歳男性・Xユーザーの「他人を幸せにしたい」さん(@Shoutaro_Senpai)の6月17日の「筋トレで本当に精神が回復するのか鬱病の私が確かめてやる」という投稿。2813万回表示され、話題になった。

   最初の投稿から1か月後の7月12日は「今んとこ全然ダメ!」。それから2か月がたった9月19日には「3ヶ月経過 週1~2回くらい行ってる 超楽しい」「全てが、治りました」と回復ぶりを報告している。

   投稿者はJ-CASTニュースの取材に対して、診断時期や症状について次のように説明した。

「発症は20年頃です。診断名としては21年ころから心療内科での受診を始め、うつ状態+不安障害→21年中ころにはうつ病へと推移していきました。
症状について、家庭や実習や恋愛やバイトなど色々ストレスが重なったタイミングから、日常的に不安で落ち着かなくなるようになりました。あとは徐々に、遊びなども億劫になってきて虚無感や(「死にたい」という)希死念慮も出てきました」

   看護系の大学で学んだ経験が、筋トレを始めるきっかけになったという。

「18年から現在まで看護の大学に通っており、適度な運動が精神系のホルモン(ドーパミンとかセロトニンとかそういうやつです)に良いと言うことは知っていたので、金銭的にも心理的にも少し落ち着いてきたタイミングでやってみようと思いました」

   さらに、筋トレのためジムに通い始めた。腕や胸の筋肉を強化するための30分ほどのトレーニングに加えて、9月からはランニングもするようになった。

「自傷などではない、前向きなセルフケアの方法を獲得」

   筋トレを始めた1か月後の7月時点で「全然ダメ」と投稿していた時は

「筋肉的にも精神的にもまだ効果が出てくる前だったので、そんなに筋トレ信者がいうほど劇的に変わるわけじゃないじゃん!といった心境でした」

と振り返るが、筋トレを続けていく中で気持ちが変化していったという。

「大学を休んで好き勝手遊んでいたら(結果的に良い休息になったのだと思います)、22年頃にはいわゆる回復期に推移していったと思います。それから筋トレを始めて、どんどん自信や気分転換の方法が見つかったことへの嬉しさを実感できるようになってきて、嫌なことがあっても対処できるようになっていきました。うつ病が治ると表現したのは、自分の中では『自傷などではない、前向きなセルフケアの方法を獲得した』いう感覚です」

   筋トレ以外にうつ病を治すために行ったことはあるか。

「初めは抗うつ薬などを飲んでいましたが、何度も症状の改善と悪化を繰り返していました。筋トレと食事(5キロほどの増量)がかなり心身の健康に貢献したと思います。あとは出来るだけ外に出るようにしているのも効果が大きかったと思います」

   うつ病が「治った」思ったタイミングや、今の気持ちについては、次のように振り返った。

「嫌なことがあって、普段なら希死念慮を感じていたような場面で、『じゃあ走ろう』と思った時が、うつ病が治ったと思った瞬間です。それ以降は症状の悪化もなく継続している感じです。現在は、今までは恋愛など何か支えが必要だった自分が、自分1人で精神を立て直せるようになって嬉しいという気持ちで過ごしています。大学にも復学して過去2年ともクリアできなかった実習をがんばっているところです。前向きに努力できています」

所説あるが「どれも強いエビデンスではなく諸説ありますので一概には言えません」

   この投稿者が言うように。筋トレでうつ病は「治る」のか。J-CASTニュースは、12月23日、著書に「『誰かのため』に生きすぎない―精神科医が教える力を抜いて生きるコツ」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、「自分を幸せにする『いい加減』の処方せん」(ワニブックス)などの著書がある精神科医の藤野智哉氏(@tomoyafujino)に聞いた。

   まず、筋トレにはどのような効果があるのか。藤野氏いわく 「精神面に関しては睡眠の向上に寄与したり、不安や焦燥に効果があるなどという説もありますが、どれも強いエビデンスではなく諸説ありますので一概には言えません」。藤野氏によると、うつ病の治療方法としては「認知行動療法などの精神療法や薬物療法、電気けいれん療法(ECT)、場合によっては最近話題のTMS(編注:経頭蓋磁気刺激法)」などが候補になる。具体的には

「症状で日常生活に影響が出ている方などでは実際には薬物療法を一定期間継続することが多い」

という。では、筋トレでうつ病は治るのか。「特に強いエビデンスはありません」と懐疑的だ。

「特に強いエビデンスはありません。運動を行うことが可能な患者の場合、うつ病の運動療法に精通した担当者のもとで、実施マニュアルに基づいた運動療法が用いられることがありますが報告も肯定否定様々あり、それですらまだ確立された治療とは言えません。
運動の頻度については、一定した見解はほとんどありませんが、週に3回以上の運動が望まれ、また強度は中等度のものを一定時間継続することが推奨される(Penninx et al, 2002; Singh et al, 2005; Dunn et al, 2001)。とうつ病学会のうつ病治療ガイドラインには記載があります。ただ、これは単なる筋トレのことではなく運動療法のことです。
また筋トレをしていた方が良くなったからといって、その一例ではそれが筋トレのおかげかどうかは判断できません」

「急性期に必要なのは気晴らしより休養」

   筋トレが「精神的に良いという確固たるエビデンスはありません」とも指摘している。その上で「強いていうなら...」と、次のように補足した。

「強いていうならランニングなどの一定のリズム運動を一定時間以上行うとセロトニンが出るとは言われています。うつ病の方は脳内でセロトニンが低下しており、それが症状に影響しているというセロトニン仮説に基づいて現代の我々のうつ病治療は行われていますし、運動をするためには外に出たりもしますので、日の光にあたりセロトニンやメラトニンが生成されることは概日リズムを整える意味でも悪いことではありません。気晴らしにもなります。

ただ勘違いしている人も多いですが急性期に必要なのは気晴らしより休養です。特に中等症以上のうつ病であれば運動や筋トレをする気力がないことも多いです。何かをしなければならないという焦燥に駆られ、できない自分に対し自己嫌悪になりさらにしんどくなる人もいますので、できないタイミングで無理にする必要はないかと思います。

ただうつ病で活動できない時期が長くなってくると足腰も弱くなりますし、糖尿病や心血管系のイベントリスクも上がりますのでできる時にできることをやっていくこと自体は悪くはないかと思います」

(J-CASTニュース編集部 井上果奈)