中国企業の多くは、日本について「消費者が保守的で品質への要求も高いため、難しい市場」と考えている。しかし中国企業の製品やサービスの質が向上し、TikTokのような成功例も増えている。2023年に日本に進出した中国ブランドのうち、特に話題になったものを紹介したい。
ガチ中華界隈で話題になった「MIXUE」の進出
(1)BYD:「日本車、ガソリン車の牙城」に切り込む中国EV
EV(電気自動車)の販売台数でテスラを猛追する中国BYD(比亜迪)の日本法人は2023年1月末、多目的スポーツ車(SUV)「アットスリー(ATTO 3)」(440万円~)を発売し、乗用車EVで日本に進出した。9月には一回りコンパクトな「ドルフィン(DOLPHIN)」(363万円~)を投入した。
両車種とも日本メーカーの競合EVより1割ほど安い。小型車EVでは日産自動車が2022年に発売した軽EV「サクラ」がヒットしており、ドルフィンは同セグメントに切り込んだ。
中国では猛スピードでEVシフトが進んでおり、2023年に販売された新車の3分の1がEVやPHV(プラグインハイブリッド)など新エネルギー車に置き換わる見込みだ。EVブームをけん引するのが米テスラとBYDで、BYDは2023年1?9月期の世界販売が前年同期比75%に達し、勢いづいている。
ただ、日本市場は日本メーカー、ガソリン車が圧倒的に強く、多くの外資メーカーが厚い壁に跳ね返されてきた。BYDも日本市場では苦戦すると予想されており、実際、参入半年での販売台数は700台にとどまる。BYDは日本人消費者との接点を増やすために販売網の構築を急いでおり、2025年末までに100店舗を設ける計画を立てている。
(2)MIXUE:中国デフレの代表銘柄、激安ドリンクチェーン
今年夏、中国最大のティードリンクチェーン「MIXUE(蜜雪氷城)」の1号店が東京都内にオープンした。
日本人は「ティードリンク」と言われてもピンとこないかもしれないが、タピオカやフルーツとお茶を組み合わせたSNS映えするドリンクを思い浮かべてほしい。中国では2010年代後半以降ブームが続き、1杯500~600円の商品を提供するチェーン店が大人気になった。1997年に創業した老舗チェーンのMIXUEは、ティードリンクの高級化の潮流に逆らってレモネードやアイスクリームなどの主力商品を100円前後の激安価格で提供してきた。この2年中国経済が減速するのと反比例して出店を拡大し、気が付けば中国最大の2万5000店舗を展開するまでになった。いわば"デフレ銘柄"の代表的ブランドだ。
MIXUEの日本進出は、 "ガチ中華"界隈で大きな話題になった。ガチ中華ブームに乗ってさまざまな中国外食チェーンが日本に進出したが、日本1号店は中華街化している都内の池袋や高田馬場エリアに出すのが鉄板とされる。ところが昨年秋、ファッションと若者の街として知られる表参道にMIXUE開店を予告する看板が突如現れたのだ。激安ブランドがいきなり都内一等地に出店しようとしていることが明らかになり、SNSは沸き立った。
しかし原宿店は外装工事が途中で中断し、結局今年の夏、池袋に日本初の店舗がオープンした。間もなく高田馬場店もオープンし、1カ月ほど遅れて表参道の店舗も営業を始めた。
関係者によると日本には法人が置かれておらず、フランチャイズ契約を結んだ在日中国人経営者が東京と大阪でマイペースに出店を行っているようだ。
メッシが躍動する垂れ幕「COTTI COFFEE」
(3)COTTI COFFEE:アルゼンチン代表推しの中華カフェ
ガチ中華が集積する池袋エリアで異彩を放つのが、ビル外壁にサッカーアルゼンチン代表選手の巨大な垂れ幕を掲げたカフェ「COTTI COFFEE(コティコーヒー)」。同ブランドは今年中国で大きな話題になった新興カフェチェーンだ。7月に日本法人を設立し、8月に東京大学近くにフランチャイズ形式で1号店をオープン。池袋は日本法人のオフィスも兼ねた直営店だという。
COTTI COFFEEが中国で注目されている最大の理由は、その"出自"にある。同社は中国最大のカフェチェーン「luckin coffee(ラッキンコーヒー)」を不祥事で追放された創業者らが、リベンジを期して興したスタートアップ。昨年10月に福建省に1号店をオープンし、今年8月末には5000店舗を達成した。1999年に中国に参入したスターバックスが6480店(今年6月末時点)、luckin coffeeが1万店舗強であることを考えると、何かとスケールが違う中国でも、COTTI COFFEEの出店の勢いが普通でないとわかるだろう。
一押し商品は中国で定番化している「ココナッツラテ」。本社がアルゼンチン代表のグローバルスポンサーにも就いたことから、日本の店舗もアルゼンチン推しを貫き、同代表のユニフォームカラーにちなんだ青いラテを販売している。
COTTI COFFEEの日本法人によると、フランチャイズ形式での拡大を目指しており、年内に30店舗を構える計画だという。12月18日には高田馬場に新店がオープンしたが、そこは今年夏に「MIXUE高田馬場店」としてオープンした店だった......。今後はこうした鞍替えも活発化しそうだ。
(4)Temu:SHEIN、アマゾンを脅かす激安EC
MIXUEとCOTTI COFFEEは東京と大阪にしか出店しておらず、BYDのEVも簡単に買えるものではない。日本人消費者にとって最も身近な中国ブランドは、今年7月に日本に上陸した越境EC「Temu(ティーム―)」かもしれない。
Temuは中国の新興EC「拼多多(ピンドゥドゥ)」が立ち上げた海外消費者向けの越境ECで、昨年9月に米国進出したのを皮切りに、既に50か国近くで展開している。2022年に日本に進出した中国発アパレルEC「SHEIN」が大人気になったことから、Temuの動向にも注目が集まっている。
Temuの最大の売りは安さだ。「激安」と言われるSHEINよりさらに安く、SHEINだけでなくアマゾンのライバルになるとも言われている。
ただ、同ブランドが注力しているのはEC大国のアメリカや、伸びしろが期待できる東南アジア市場で、現時点では日本は重要市場というわけでもないらしい。日本はアプリがローンチして5か月が経つが、テストマーケティング的な運営が続いている。2024年に動きが出るのか注目される。
【筆者プロフィール】
浦上早苗:経済ジャーナリスト、法政大学MBA兼任教員。福岡市出身。新聞記者、中国に国費博士留学、中国での大学教員を経て現職。近著に「新型コロナ VS 中国14億人」(小学館新書)。