上司の言葉がけひとつで、モチベーションが高まった経験はありませんか?
会社の中で実際に起きた困ったエピソード、感動的なエピソードを取り上げ、人材育成支援企業代表の前川孝雄さんが上司としてどうふるまうべきか――「上司力」を発揮するヒントを解説していきます。
前川さんは今回のエピソードを踏まえ、若い社員が失敗や挫折に直面した時、リーダーは「冷たい管理者ではなく、熱い支援者になれるかが問われている」といいます――。
望み通りの営業配属なのに、成績が伴わない?
自分では精一杯努力をしているつもりが結果につながらず、人事評価に不満を募らせてしまう例。成長意欲が強く、早く成果を上げようと一所懸命な若手に、ありがちな傾向です。
今回取り上げるのは、そうした部下に厳しくも温かく対峙し格闘した上司のエピソードです。
ある情報関連企業に勤めるNさんは、新卒入社の明るく活発な女性社員。営業の仕事を希望して就職し、望み通りの配属で張り切って働き始めました。
魅力的で優しい先輩社員にも恵まれ、顧客とのコミュニケーションも良好。人付き合いが得意で誰とでも仲良くなれるNさんは、リーダーシップとコミュニケーション力に自負があります。
ところが...。Nさんの営業成績は、一向に振るいません。顧客にもかわいがられ、よい関係になるのに、売り上げは全く伸びないまま。
違う顧客を担当したり、複数の先輩に交代で指導を受けたりと、何かとフォローを受けました。それでも成績は上がりません。
「天職と思っていた営業なのに、ぜんぜん結果が出ない...」
さすがのNさんも、だんだん辛くなってきました。それでも、周囲の温かい先輩に励まされ、気丈に頑張り続けました。
慕っていた上司の人事評価で、最低ランクに?!
そんなNさんが入社2年目になるタイミングで、社内イベントで交流し慕っていた先輩Kさんが、直属上司の課長に着任しました。Kさんは社内で人望も厚く、営業経験も豊富な頼れるリーダー。
「これからは、Kさんのもとで仕事ができるんだ!」
Nさんは新しい上司の期待に応えようと、モチベーションを高めました。
同じタイミングで社内活性化プロジェクトが立ち上がり、メンバーの公募が始まりました。前向きなNさんはさっそく希望を出し、チャレンジを始めたのです。ところが、この選択がNさんをさらに追い込みます。
個人の営業成果も振るわないなかで、プロジェクト業務も重なりオーバーフロー。責任が果たせず四面楚歌になったのです。今までできていた仕事まで遅れ気味となってしまい、負のスパイラルに陥りました。
低迷状態が続くなか、Nさんに忘れられない出来事が起こります。半期の人事評価で、5段階の最低ランクをつけられてしまったのです。
たしかに営業数値は振るわないものの、自分はこんなにも頑張っている。上司のKさんとの面談でNさんにはどうしても納得がいかず、泣いて訴えました。会議室で延々と自分の気持ちをぶつけたのです。
「私は、プロジェクト含めいろいろな仕事にもチャレンジしてきました。たしかに営業成績は悪かったけれど、努力は認めてもらえないんですか?」
Nさんは、自分がいかに苦心し頑張ってきたか、でも予期せぬ壁でどうにもならなかったことなど、これまで溜めていた思いをまくしたてました。
上司の思わぬ言葉に目が覚めた!
Nさんの訴えは3時間にもおよび、上司のKさんは根気よく聴いていましたが、告げられた人事評価を変えてはくれません。そこで思い余ったNさんは、つい口走りました。
「Kさんは部下のこと、見てくれてないじゃないですか!」
「こんな状態では、仕事を続けられません!」
ついに、キレてしまったのです。
するとKさんは、静かに言いました。
「それは自分次第だ。仕事を続けられないと思うなら、仕方ないよ」
Kさんの意外な言葉に、Nさんはハッと我に返りました。会社を辞めるつもりはなかったものの、そういう言葉を発すれば、慕っているKさんなら慰めてくれるとばかり思っていたからです。
そして、自分はただ甘えていただけだったこと、周りがかわいがってくれることが仕事ができると勘違いしていたことに、やっと気づけたのです。
この日を境にNさんは変化し始め、「自分はまだ至らない。あれこれと欲張らず、任された仕事の責任が果たせるよう、これからは一歩一歩努力していこう」という姿勢に、切り替わっていきました。
ところが、追い打ちをかけるように、Nさんには営業部署から仕入れ部門へと異動辞令が出されます。これから気持ちを入れ替え頑張り直そうとの矢先に、三行半を突き付けられたようで大きなショックでした。
ただ、上司のKさんにもらった次の言葉は、心に残りました。
「視野を広げるためのいい機会、思い切り環境を変えるチャンスだ。新しいところで成果が出るように頑張ってこい。また一緒に仕事ができる日を楽しみにしているよ」
Ⅴ字回復で社内MVPからスピード昇進へ!
新しい部署でしばらくは落ち込んでいたNさん。けれども、異動後もKさんや社内の先輩や同僚とごはんを食べたり、話をしたりするなかで、あるときふと思いました。
「未練の残る営業部を羨ましいと思っているだけなんて、つまらない」
「自分のいる部署が一番カッコイイと思ってもらえるように、仕事をしなきゃ...」
今まで自分が受けてきた多くのサポートのありがたさが、やっと腹落ちしたのです。愛情ある上司からの「今は視野を広げる時だ」とのアドバイスの意味がやっとわかったのです。
そこからのNさんは、快進撃を始めます。
仕入れ部門のなかで唯一営業の最前線を知っていることも、強みになりました。
もともと人間関係づくりに長けていたので、社内でのやりとりも円滑に。期待に応えるよう工夫すると、相手が喜ぶ。相手が喜ぶと、さらに頑張ろうと力が湧いてくる。一度好循環に入ると、全てが上手く回り始めたのです。
Nさんの活躍ぶりは社内でも話題になり、幹部会議の成果報告でも名前が出ることもしばしば。そして、異動から1年後にはなんと社内の半期業績MVPに選ばれたのです。
これを機にグループリーダーに抜擢されたNさんは、さらに1年半後には課長へとスピード昇進。入社6年目の若さで、20人以上の部下を束ねる立場になりました。
20代での挫折経験が、大きな成長のバネに
このエピソードから学べるポイントを、2つ挙げましょう。
第1に、仕事の失敗、挫折経験は、その乗り越え方によっては、本人の成長への大きなバネになることです。
若手ならなおさらです。やる気も能力もあったNさんですが、新人時代の仕事の仕方は営業実績と結びつける視点が甘く、努力も空回り。周囲の善意に甘え、自分を評価してもらえない状態を「他責」で捉え、言い訳ばかりしていました。
しかし、上司の評価と言葉に目覚め、落ち込んだあと異動も前向きにとらえ直し、「自責」に切り替わると、みるみる成長につながりました。失敗は決して無駄でなく、内省と活かし方次第。すべてを学習材料とすれば、成長できるのです。
第2に、Nさんの変化は、上司Kさんの「厳しい愛」がおよぼした力でもある、ということです。
昨今、社員の心理的安全性、ウエルビーイング、組織エンゲージメントなどの大切さが唱えられ、部下に配慮し、傾聴し、承認することが重視されがちです。ハラスメント防止の観点からも、部下に厳しい言動で迫ることは是とされません。
しかし肝心なのは、部下のことを心から思うなら、必要な時には厳しく叱ることも大切だということ。本人の成長やキャリアのためには、しっかり現実と向き合うことが必須。そう思えばこそのKさんの言葉でした。
すべては深い愛情があってゆえ。Nさんも、そのことを感じ取りました。部下のことを親身に考えられるか。個人尊重が求められる時代だからこそ、冷たい管理者ではなく、熱い支援者になれるかが問われているのです。
(紹介するエピソードは実際にあったものですが、プライバシー等に配慮し一部変更を加えています。)
【筆者プロフィール】
前川 孝雄(まえかわ・たかお):株式会社FeelWorks代表取締役。青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授。人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業のFeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。近著に、『部下を活かすマネジメント「新作法」』(労務行政、2023年9月)。