「勤勉」「礼儀正しさ」「親切」、そして「おもてなし」と、細やかな心配りが日本人の国民性だったはず。
ところが、日本は世界で最も「人助けをしない国」という研究報告が発表された。なんと、3年連続で世界最下位とワースト2位を続けているという。
日本は、本当に人助けをしない国なのか? どうすれば、お互いに助け合うことができるのか。研究者に話を聞いた。
「人助けをする国」上位にジャマイカとアフリカ諸国
この研究調査が掲載されているのは、第一生命経済研究所の水野映子さんが2023年11月29日に発表した「日本は世界で最も助け合わない国?~手助けが必要な人はいるのだが~」というタイトルのリポートだ。
水野さんの同じ「助け合い」をテーマにした「日本人の『助け合い』のかたちを再考する」(2020年3月)など、複数のリポートの元になっているのは、英国の慈善団体「Charities Aid Foundation」が毎年世界各国の人を対象に行っている「過去1か月間に『助けを必要としている見知らぬ人を助けたか』どうか」に関する割合の調査だ。
リポートによると、日本は2009年~2018年の平均で世界最下位。また、単年でも2020年は世界114か国の平均が55%なのに対し、日本は12%で最下位、2021年は119か国中118位(世界平均62%・日本24%)でワースト2位、2022年には再び142か国中最下位(世界平均60%・日本21%)といったありさまだ【図表1】。
ちなみに「Charities Aid Foundation」のウェブサイトを見ると、2022年の上位10か国はジャマイカ、リベリア、リビア、ナイジェリア、クウェート、ウクライナ、セネガル、ケニア、米国、シエラレオネの順。アフリカ諸国が6か国も入っていることが目立つ。
一方、下位10か国は下から日本、ポーランド、カンボジア、クロアチア、パキスタン、モンテネグロ、セルビア、フランス、ラオス、リトアニアの順。アジア諸国(4か国)や旧ユーゴスラビア諸国(3か国)、東欧などが目につく【図表2】。
いったいなぜ、日本が世界で最も「助け合わない国」になっているのか。J‐CASTニュースBiz編集部は、研究リポートをまとめた第一生命経済研究所の水野映子さんに話を聞いた。
――水野さんはリポート「逆カルチャーショックから考える『助け合い』のかたち」の中で、南米ウルグアイで2年間ボランティア活動をして帰国した直後、ウルグアイと日本の「助け合い文化」のあまりの違いに、「逆カルチャーショック」を受けたと書かれていますね。
水野映子さん はい。成田空港から東京への帰り道です。重いスーツケースを持って移動するのは大変でした。1人で必死に段差を乗り越えようとしている時、もし、ウルグアイ人が周りにいたら、駆け寄って手伝ってくれるだろうにと、ふと思いました。「ああ、私は今、日本にいる。帰って来たんだ!」と実感しましたね(笑)。
次は、駅のエレベーターの前に立った時。乗客がきれいに列を作って並ぶのを見て、「さすが日本!」と感心しました。しかし、車椅子を使っている人がそこに来ても、誰ひとり順番を譲ろうとしない様子を見て、感心が違和感に変わりました。ウルグアイでは、体の不自由な人や妊娠した人が来たら、列の順番を譲るのが当然のように行われていたからです。
3番目は駅の中で、自分の行き先が分からなくなってウロウロしてしまった時。「どうしたのですか?」と誰からも声をかけられなかったこと、そして、自分自身が誰かに聞こうとしなかったことにも驚いてしまいました。
帰国してしばらくしたら、声をかけられないことにはすっかり慣れてしまいましたが(笑)。
「本当に困っている人」が目に入らない
――私は現在73歳です。日本は昔から「義理と人情」に厚く、「おもてなし精神」に満ちた、気配りが細やかな国と教わって育ちました。それだけに、「世界で最も助け合わない国」という水野さんのリポートにショックを受けています。
ズバリ、なぜ助け合わない国になってしまったのでしょうか。それとも、もともとお互いに助け合わない「冷たい国」だったのでしょうか。
水野さん 私は「冷たい国」だとは言っておりません。しかし、昔の日本人が親切だったかどうか、誰に対しても優しい国だったどうかはわかりません。昔は外国人や障害者に対しては、今よりはジロジロ見たりしていたでしょうから、必ずしも温かい国だったとは言えないでしょう。
誰を助けるかにもよると思います。「Charities Aid Foundation」の調査は、「見知らぬ人」(stranger)が対象です。日本では「ウチ」と「ソト」を分ける国民性もあって、「ウチ」の人々に対しては助け合う気持ちが強い面はあるでしょう。問題は、「ソト」の「見知らぬ人」が困っている時に、助けるかどうかです。
さまざまな調査では、「助ける」と答える人が多いのですが、実際に助けた人の割合が低いのです。
――それはどういうことでしょうか。
水野さん たとえば、東京都が2021年に「外出時に困っている人を手助けしたことがあるか」と「外出時に誰かの手助けを必要としたことがあるか」という調査を行っています。興味深いのは、2つの調査結果の比較です。
「困っている人を手助けしたことがある」と答えた人は約26%います。彼らが実際にどんな手助けをしたかを聞くと、「乗り物で席を譲った」とか「道を教えた」といった項目が多いです。
一方、「外出時にどのような手助けが必要だったか」を聞いた回答では、「荷物を持つのを手伝ってほしかった」とか「階段の昇り降りの時に手助けがほしかった」という項目の割合が高かったのですが、こうした本当に困っている人を助けた割合が低かったのです。
日本人特有の「遠慮」から手助けをしない
――つまり、困っている度合いの深刻な人を見過ごしている可能性があるわけですね。それは、なぜですか。「手伝うことはありませんか」と声をかければいいじゃないですか。
水野さん 日本人が見知らぬ人を助けることが難しい理由に、まず、相手が手助けを必要としていることに気が付かない、目に入らないということがあげられます。2番目は、もし助けを必要としていても、どうしたらよいかわからない、ということがあると思います。
両方の問題に共通しているのは、日本人特有の「遠慮」という気持ちだと思います。典型的なケースが「乗り物の座席の譲り合い問題」です。席を譲ってほしければ、その気持ちを素直に相手に伝えられればよいのですが、相手に迷惑をかけてしまうとか、図々しいと思われてしまうといった「遠慮」があってそれができない。
一方、座席に座っている立場からみると、「席を譲ると失礼になるのではないか」「怒られるのではないか」という「遠慮」があります。若者に席を譲られた高齢者が怒り出したという話もよくありますよね。
――私も60代に入った頃、席を譲られた時、「そんなに老けて見えるのか?」とショックを受けました。いちおう礼を言って座りましたが...。
水野さん 私もウルグアイでは、乗り物に乗るたびに男性から席を譲られて、「年配に見られているの?」と驚きましたが、レディーファーストの国だと知り、笑ってお礼を言って座るようにしました。しかし、最初は日本人的な「遠慮」があって、「申し訳ない」という気持ちがあったことは確かです。
日本人はお互いに「遠慮」があることが、「最も助け合わない国」という結果につながっていると思います。たとえば、視覚に障害がある人が道路脇に立っていれば、まず「お困りですか?」と声をかける、重い荷物を持っている人が階段を登ろうとしていたら、「持ちましょうか?」と手を差し出すことが大事です。
「いや、大丈夫です」と断られてもいいじゃないですか。聞いてみないと、相手が困っているかどうかわかりません。困っていそうな人を見たら、遠慮しないで声をかければいいと思います。
「困ったときはお互い様」の精神で
――ビジネスの現場で、多様な人々が助け合うにはどうしたらよいでしょうか。
水野さん ビジネスの場で外国人や障害のある人などに出会うのは、お客様として接する場合と従業員として接する場合の2つがあります。両方とも、どう接していいかわからないと困惑する人たちが多いことが問題です。解決策は、街角で困っている人を見かけた場合と基本的には同じ。「手助けが必要ですか?」「どのような手助けが必要ですか?」と本人に直接聞けばいいと思います。
たとえば、外国人の場合、英語などの外国語ができないとコミュニケーションができない、という思い込みがある人が多いですが、そんなことはありません。出入国在留管理庁の「令和4年度 在留外国人に対する基礎調査」によると、日本に住む外国人の4人の3人が「日常生活で必要な会話ができる」レベル以上の日本語能力はあるのです。
英語などの外国語で話しかける勇気がなくても、ぜひ、「やさしい日本語」で話しかけてください。普段使われている言葉を、日本語が得意でない外国人にも分かるように配慮した簡単な日本語のことです。「土足厳禁」と言わず「靴を脱いでください」と言った感じ。二重否定表現を使わないのもコツです。
日本に昔からある言葉「困ったときはお互い様」の精神で声をかければよいのではないでしょうか。
(J‐CASTニュースBiz編集部 福田和郎)
水野映子(みずの・えいこ)
第一生命経済研究所 ライフデザイン研究部 主任研究員、横浜商科大学 非常勤講師(専門はユニバーサルデザイン)
最近の研究テーマは障害者・外国人のコミュニケーションなど。2018年1月から2年間休職し、南米ウルグアイでJICA(国際協力機構)のボランティアとして活動。